光合成における高効率なエネルギー変換プロセスが、長寿命の量子コヒーレンスに関連している可能性が、複数のグループによって示されてきた。さらに最近では光合成のモデル系として、室温においても光励起状態で量子コヒーレンスを示すヘテロダイマー型分子の合成が報告された。我々はこれまで、高時間分解EPR(Electron Paramagnetic Resonance)実験から、光合成反応における光エネルギー変換の初期過程において、純粋な一重項状態をとるスピン相関ラジカル対(correlated spin pair)が光誘起電子移動によって生成され、室温においても比較的長寿命のコヒーレンスを有していることを示してきた。また、シアノバクテリアタンパク質中の置換可能な水素および窒素を重水素化および15N置換することで、コヒーレンス時間が主に周辺の核スピンによって影響を受けていることを明らかにした。光合成の電子移動経路は各タンパク質中に2つあるが、一方のラジカル対について、量子コヒーレンス時間は同位体置換によって600ナノから1.2マイクロ秒まで伸びることを明らかにした。しかし、もう一方のラジカル対は、同じような化学的環境下に置かれているにもかかわらず、量子コヒーレンス時間は半分であり、熱的に常に揺らいでいる多数の水分子やアミノ酸分子などが存在する生物的環境において、長寿命の量子コヒーレンスを維持する別の要因も示唆された。今後、太陽電池に利用されるチオフェンオリゴマーを対象に、光合成のモデル分子の合成と高時間分解EPRによる特性化を行い、生物機能と量子コヒーレンスとの関係を分子論的に詳細に明らかにしていく予定である。
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