研究実績の概要 |
近年、冷却原子および冷却分子の超精密測定を通じて、標準理論では説明できないような新しい基礎物理学へのアプローチが盛んにおこなわれている。我々は極低温に冷却された分子を用いて、電子・陽子質量比の恒常性を検証する研究を行ってきている。本研究では特にこの目標に向けて、次世代型ともいえる新しい冷却分子分光法の確立を目指している。その新しい分光法として有力と考えているのが、レーザー冷却された原子から光会合によって低温の分子を生成し、さらにその分子をレーザー冷却によって1uK程にまで冷却することによって長い観測時間を実現する手法である。 今年度の研究では、まずKRb分子のレーザー冷却によって、1uKにまで冷却可能であることを見出した。具体的にはKRb分子のX1Σ+,v=0からb3Π0,v=0への遷移を初めて観測に成功し、この遷移のFranck-Condon因子や自然幅を実験的に決定した。その結果、この遷移がレーザー冷却に必要な閉じた光学遷移を形成するのに非常に適していることが明らかになり、また、自然幅が適度に細い(5kHz)ためにレーザー冷却によって1uK以下にまでレーザー冷却可能であることが分かった。現在、レーザー冷却実現に向けた光源を作成している。 それに加え、分子遷移を精密に分光する実験も進めている。KRb分子の電子・陽子質量比に敏感な遷移(X1Σ+,v=86,J=0,F=0,mF=0→a3Σ+,v=16,J=0,F=1,mF=0)の分光として、10msという長い測定時間を実現し、半値全幅として80Hzという細い線幅での測定を実現した。我々が知る範囲では、これまでの分子分光の線幅として最も細いものは100Hzであったが、我々の測定はこれよりもさらに線幅の細い測定を実現した。線幅は分光精度に直結するものであり、極めて重要と考えられるため、さらに線幅の細い測定を目指している。
|
今後の研究の推進方策 |
本研究ではこれまでにKRb分子のX1Σ+,v=0からb3Π0,v=0への遷移の観測に初めて成功し、この遷移を使ったレーザー冷却によってKRb分子を1uK以下にまで冷却可能であることを見出している。今後はこのレーザー冷却に必要な光源を作成し、実際にKRb分子のレーザー冷却を実現する。レーザー冷却を行うためにはX1Σ+,v=0からb3Π0,v=0に共鳴するレーザー(1028nm)とX1Σ+,v=1からb3Π0,v=0に共鳴するレーザー(1036nm)の2つのレーザーが必要になる。また、分子の温度の評価のために、X1Σ+,v=0からb3Π0,v=1に共鳴するレーザー(1022nm)を用いる予定である。これらの3つの遷移のそれぞれはすでに観測に成功しており、波長も正確にわかっているが、実験では同時に3つのレーザーが必要なため、現在その準備を進めている。 さらに、この遷移の自然幅が5kHz程度と細いことも、我々の分光結果からわかっている。効率のよいレーザー冷却のためには自然幅以下の線幅のレーザーが必要となる。通常5kHz以下の線幅のレーザーを得るのは容易ではないが、我々は高いフィネスの光共振器を用いてレーザーを安定化することによって、1kHz以下の線幅を実現している。本年度はレーザー光源を完成させ、分子のレーザー冷却を実現する。 また、それと並行して分子イオン化用のパルスレーザーのビーム径、光強度、周波数等のパラメータ調整により、分子数計測の最適化を行う。例えば、ビーム径を大きくすることによって、分子分光の観測時間を最大で30ms程度にまで長くできると考えている。このとき実現される線幅は25Hz程度になり、さらなる高精度な分子分光を実現できる。
|