研究実績の概要 |
1)α,β,γ,δ-不飽和アルデヒドへの1,6-選択的付加反応を引き起こすペプチド触媒の開発 予備的結果に基づき,5-フェニル-2,4-ペンタジエナールに対するHantzschエステルからのヒドリド移動反応を検討した。その際,過剰のHantzschエステルを用いて1,6付加反応生成物を1,6/1,4の二段階還元生成物に誘導した。結果的に,ペプチド触媒では,1,6-還元が,低分子の有機触媒では1,4-還元体が主生成物となり,位置選択性の発現がペプチド触媒に由来することが分かった。また,3位にメチル基を有する基質を用いて反応を行った結果,90%の位置選択性,99%のエナンチオ選択性で生成物を得ることに成功し,基質一般性も確認できた。 2)スペクトル解析・量子化学計算による位置選択性発現の機構の解明 これに関しては,NMRからペプチドが単一のコンホメーションをとっていないことが示唆され,有効な構造情報を得ることができていない。しかしながら,上記1)の触媒最適化の過程で,5-メトキシトリプトファンを有するペプチドが単純なトリプトファンをもつものよりも高い触媒能を示すことを見出し,反応中間体のイミニウムイオンと電子豊富なトリプトファンとのCT的な相互作用の存在が示唆された。 3)ペプチド触媒による位置選択的なチオールの共役付加 α,β,γ,δ-不飽和アルデヒドに対するチオールの共役付加についても検討を行った。その結果,反応はチオールの種類に大きく依存し,アリールメルカプタンでは,1,6選択的,アルキルメルカプタンは逆に1,4-選択的と分かった。また,この位置選択性は,低分子有機触媒でも同様の傾向であり,かならずしも触媒支配ではないことが分かった。また,立体選択性に関しては,ジアステレオ選択性はほとんどなく,エナンチオ選択性は70%台であった。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
研究計画(1)のα,β,γ,δ-不飽和アルデヒドへの1,6-選択的付加反応を引き起こすペプチド触媒の開発に関しては,当初計画どおりにすすめることができ,ペプチド触媒固有の位置選択性の発現を明らかにすることができた。 研究計画(2)のスペクトル解析・量子化学計算による位置選択性発現の機構の解明に関しては,ペプチドのコンホメーションが単一でないことが判明したため,予定通りには進んでいない。しかしながら,触媒能の検討を通じて,重要な相互作用を抽出できた。 研究計画(3)のコンビナトリアル法による位置選択的ペプチド触媒の探索に関しては,まったく進めることができなかった。これは,当初期待した蛍光性をもつ求核剤であるインドールが反応性を示さなかったことによる。今後,方向性の転換が必要である。 上記が当初計画にそった内容だが,それ以外にチオールの付加反応の位置選択性に関する知見を得ることができている。 以上を総合的に勘案して,上記の判断に至った。
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今後の研究の推進方策 |
1)α,β,γ,δ-不飽和アルデヒドへの位置選択的求核付加(継続):これまでに見出されたチオールの1,6-選択的付加反応では,立体選択性に改善の余地があり,また,1,6-付加の後に引き続き1,4-付加が起こるのが避けられない。これらの問題が解決できれば,より反応の有用性が広がる。そのような検討を行うと供に,他の反応剤,基質への展開可能性も探る。 2)スペクトル解析・量子化学計算による位置選択性発現の機構の解明ならびに3)コンビナトリアル法による位置選択的ペプチド触媒の探索(継続):ペプチド触媒は単一のコンホメーションをとらず,このためスペクトル解析による構造推定は難しいと分かった。しかしながら,反応挙動などから構造情報が得られつつあるので,コンビナトリアル法による最適化と合わせて間接的にでも構造的な知見を得るようつとめる。 4)新規位置選択的反応の開発:我々は昨年度,プロキラルな1,2-ビス-(3-オキソ-1-プロペニル)フェロセンに対してペプチド触媒存在下でHantzschエステルを作用させたところ,75%eeで一方のC=C結合のみが還元された生成物を与えることを見出した。これは,位置選択的反応のひとつと見なすことができる。この反応を追及するとともに,当初計画に挙げた新たな位置選択的反応,すなわち,カチオン性反応中間体への硫黄原子の関与を利用する位置選択的結合形成反応やペプチド触媒による糖の位置選択的酸化反応の開拓を目指す。
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