本研究が対象とする酸性官能基は,炭素酸としては際立って強い酸性C-H構造をもつとされるビス(トリフリル)メチル基である。この置換基をもつ酸や、その分子内塩は,従来,信頼できる合成法が乏しく,触媒等の用途に関する研究もほとんど行われていなかった. 本年度は,独自に開発した合成法を駆使し,光学活性ビフェニルやエノール化しうるカルボニル化合物へ炭素酸を導入した化合物を合成した.活性メチレン化合物から合成した一連の炭素酸については,気相酸性度およぶ溶液中での酸性度を測定した.さらに,計算化学的手法を用いて酸性度増強効果の起源を明らかにした.また,これまでに合成例がまったく知られていなかったβ分枝型炭素酸の効率的な合成法として,1,1-ビス(トリフリル)アルカジエンに対するβ選択的なアルキル化反応を開発した.本手法で用いたアルカジエンは,ビス(トリフリル)メタンとα,β-不飽和アルデヒドの自己促進的脱水縮合により,数グラムスケールでも容易に合成でき,顕著な分解なしに数ヶ月にわたって保管可能であるなど,取り扱いの面でも優れた物性を備えている. 本研究期間で合成した炭素酸とその分子内塩である双性イオンについては,酸触媒としての利用についても詳細な検討を加えた.検討の結果,ラクトンとケイ素エノラートの反応において,双性イオン触媒を用いると付加生成物が得られることを見出した.この触媒は,高い触媒活性を示す一方で,常識的には酸性条件下で不安定とされるアセタールやビニルエーテルといった構造を損なわない温和さを兼ね備えていた.さらに,こうしたシリルアセタールを酸やフッ化物イオンで処理することで,多置換ナフトールの合成が実現できることを明らかにした.β分枝炭素酸の触媒活性を,向山アルドール反応をモデルとして検討したところ,非分枝炭素酸と比較して,高い触媒活性を示すことを明らかとした.
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