研究領域 | 超低速ミュオン顕微鏡が拓く物質・生命・素粒子科学のフロンティア |
研究課題/領域番号 |
24108501
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研究機関 | 北海道大学 |
研究代表者 |
有賀 寛子 北海道大学, 触媒化学研究センター, 助教 (90570911)
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研究期間 (年度) |
2012-04-01 – 2014-03-31
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キーワード | 二酸化チタン / 触媒 / ミュオン / 酸素欠陥 |
研究実績の概要 |
ルチル型TiO2基板内部の酸素欠陥をミュオン測定により直接観測できる可能性を見出した。TiO2は触媒担体としてだけでなく、光触媒、ガスセンサー、デバイスとして広く用いられている。このTiO2の物性・化学特性は、欠陥構造により大きく左右されることが知られており、欠陥構造を原子レベルで理解し、制御することが求められている。しかし、TiO2には、酸素欠陥、格子間Ti、crystallographic shear plane、ドメインの境界など、多くの欠陥が存在するため、欠陥の原子レベル構造とその性質を対応させて理解することは容易ではない。本研究では、紛体に比べ構造が均一な単結晶基板と、ミュオンを用いることで、典型的な欠陥構造の一つである酸素欠陥の直接観測を試みた。ミュオン測定は、RIKAN-RALとJ-PARCで行った。具体的には、量論組成を保つ単結晶、原子状の酸素欠陥が存在する単結晶、原子状の酸素欠陥とcrystallographic shear planeが存在する単結晶を用いて、ミュオン実験を行った。結果は、8 K以下では、ミュオニウム様のシグナルが観測された。更に、DFT計算から、このシグナルは、ミュオンに電子が2つトラップされたミュオニウム負イオンが酸素欠陥に存在し、崩壊する時に観測されることがわかった。また、8 K以上の温度では、ミュオニウム、もしくは、ミュオニウム負イオンは観測されなかった。つまり、このミュオニウム負イオンを用いることで、8 Kでの測定で、上述したように、担体であるTiO2の性質を決める酸素欠陥量を定量的に評価でき、さらに、触媒反応温度領域(300 K以上)では、担体TiO2からのシグナルがないので、触媒のみからのシグナルを得ることができるという重要な知見を得た。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
1: 当初の計画以上に進展している
理由
平成24年度は予定通り試料調整を進めたばかりではなく、ミュオン測定を開始した。また、ミュオン測定からは、二酸化チタンの主要な欠陥構造であり、その物性や化学特性を決める要因の一つである“酸素欠陥”を直接観測できたことが示唆されるデータを得た。酸素欠陥は、酸素の抜けた空間であるため、直接観測できる手法は我々の知る範囲ではこれまで報告されていなかった。既存の手法では酸素欠陥が生じることでそこに隣接したTiがTi3+になることを利用してTi3+を検出することで間接的に観測するに留まっている。しかし、Ti3+は、酸素欠陥のみでなく、格子間Ti、crystallographic shear planeなどにも存在するため、酸素欠陥のみの情報を観測しているとは言えない。平成24年度の測定では、酸素欠陥を制御した二酸化チタン単結晶基板を用い、ミュオン測定することで、酸素欠陥特有だと考えられるシグナルを得ることに成功した。また、理論計算により得られた結果は、この解釈を指示するものであった。引き続き、温度依存性や縦磁場依存性など詳細に検討する必要はあるが、今回の結果は、二酸化チタンの性質、特に、触媒や光触媒特性を決める上で最も重要な要因の一つである酸素欠陥を初めて直接観測した例となると考えている。以上のように、触媒研究の基礎となる重要な知見が得られたため、当初の計画以上に進展していると評価した。
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今後の研究の推進方策 |
平成25年度は、前年度の結果を受け、還元温度が違う二酸化チタン単結晶基板のミュオン測定を温度依存性や縦磁場依存性など詳細に検討することで、担体である二酸化チタンのミュオンに対する応答を明らかにすることから始める。前述したように、ミュオンを用いることで二酸化チタン内部の重要な欠陥構造である酸素欠陥を選択的に直接観測できるということが、我々の測定及び理論計算によりわかってきている。これは、当初から予測していた結果ではないが、従来の測定手法では多くの欠陥構造に存在するTi3+を測定することで、酸素欠陥を間接的に観測していたため、ミュオンによる酸素欠陥の直接観測手法、解析法を確立することは、意義深いことと考えられる。さらに、計画に従い、超低速ミュオン測定を行いたいと考えている。Pd触媒を担持したTiO2基板を用いて、触媒反応条件下での水素原子の分布を表面からbulkに向かう深さ分解をする。反応分子アセチレンの、不在時、吸着時で、プロトンの分布の違いを観測する。さらに、できる限り工業触媒の反応条件に近い高い圧力下での測定を行いたいが、測定の限界などを含めて、計画班の先生方と相談しながらすすめていきたい。また、表面近傍のプロトンの挙動の経時変化を追う。これらの結果から、反応に重要なプロトンの挙動を明らかにし、QMASSからわかっている気相の情報、及びSTMからわかっている最表面での吸着分子の挙動と合わせて、反応のメカニズムを理解する。
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