研究領域 | 超低速ミュオン顕微鏡が拓く物質・生命・素粒子科学のフロンティア |
研究課題/領域番号 |
24108506
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研究機関 | 放送大学 |
研究代表者 |
岸根 順一郎 放送大学, 教養学部, 教授 (80290906)
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研究期間 (年度) |
2012-04-01 – 2014-03-31
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キーワード | カイラリティ / スピンダイナミクス / ミュオン / コヒーレンス |
研究実績の概要 |
「超低速ミュオンでどう見えるか」という実験的視点を保ちながら理論研究を進め、当研究領域に参加する実験研究者との連携を図った。具体的な成果は以下の通りである。(1)バルク磁気構造によるミュオンスピン回転緩和の理論:カイラルらせん磁気構造やCSL構造はスピン磁気モーメントの空間的な位相変調を伴う「スピン位相物体」であり、超低速ミュオンを使って打ち込み深さと内部磁場の関係を探ればスピンテクスチャのナノスケールマップが得られる。このマップを数値計算によって示した。(2)カイラル磁気構造に伴うソリトンダイナミクス:超低速ミュオンの格好のターゲットとしてCSLに付随するソリトンダイナミクスを詳細に検討する。CSLは「全体としての並進運動」に加えて「静止したCSLを背景にCSL上を滑走する孤立ソリトン」、「並進に伴う歳差、章動」という内部ダイナミクスを持つ。解析的に扱い難い領域のダイナミクスも重要となるため、スピンの運動方程式を数値的に解く手法も取入れることでこれらのダイナミクスを明らかにした。特に、パターン形成の観点からスピンテクスチャを統一的に把握する見方を提案し、数値計算による実証に着手した。この方向の研究は、継続して平成25年度にも推進する予定である。これによって、幅広く結晶対称性とスピンテクスチャの関連を、ダイナミクスまで含めて統一的に記述することが可能となる。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
当該領域の実験研究者との密接な連携によって、理論的に解明すべき課題が次々と明るみに出ている。これに対応するための十分な時間が確保できていないが、理論計算自体は着実に進んでいる。特に、カイラルスピンソリトン格子のスライディングダイナミクスをミュオン回転によって検出する問題の解析方法に目途がついた点は自己評価に値する。平成25年度に具体的計算結果を明示し、夏ころを目安に実験研究者に理論予測として提供できるようにしたい。
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今後の研究の推進方策 |
25年度は、24年度に目途を付けたスピンダイナミクスの問題に加え、当初宣言した以下の問題に切り込んでいく。(1)ミュオンスピンと電子のヘリシティの間の相互作用:ミュオンスピンと電子のヘリシティの間の相互作用を詳しく検討し、結晶カイラリティと磁気的カイラリティの関連を「ミュオン電子ラベル法」によって明らかにする方法を確立する。例えばCr1/3NbS2の場合、S原子が形成するらせんの半径は格子定数の1/1000程度と極めて小さい。この値が厳密に0なら左右対称性が復活してらせん構造が消え、結晶は「カイラル対称性」を取り戻すことになる。物性としては、この極めてわずかな「らせん性」がバルク物性を決めているという大変興味深い状況が生じている。実験的にこのような極めて「細い」らせんのカイラリティを決めるという大変挑戦的な課題である。(2)結晶カイラリティとミュオン崩壊:より根源的な問題として、「結晶におけるカイラル対称性の破れが、ミュオン崩壊過程におけるパリティの破れを通して放出陽電子の角度分布に影響を与えうるか」という問題を、弱い相互作用の理論に基づいて検討する。放出陽電子の角度分布は、基本的にミュオンのスピン波動関数|μ+〉と陽電子のスピン波動関数|e+〉の重なり |〈e+|μ+〉|2 で与えられる軸対称分布を持つ。この分布が結晶のカイラル環境によって何らかの影響を受ける可能性を探る。
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