研究概要 |
本年度は、昨年度までに合成・単離に成功したルテニウム三核錯体(Ru3)をユニットとした大環状クラスター分子のうち、計6種の分子構造を単結晶X線解析により決定した。このうちピラジン架橋四量体(pz-tetramer)および1,4-ジアザビシクロ[2.2.2]オクタン架橋六量体(dabco-hexamer)は、結晶中において1次元のカラム構造および2次元のシート構造を形成していた。大環状クラスター分子の溶液状態における電子状態を、配位COをプローブとした定電位電解赤外分光法により解析した。pz架橋大環状クラスターのCO吸収帯は、混合原子価状態にいて顕著にブロード化した。これは大環状クラスターの分子内電子移動が赤外の時間スケールで起こるためである。すなわち、pzのπ系がクラスター内の多段階電子移動速度に大きく寄与している。実際、配位子内にπ系を持たないdabco錯体では、CO吸収帯はブロード化せず、1電子還元ユニットと未還元ユニットのCO吸収帯がそれぞれ独立に観測される。また、pz架橋クラスターは混合原子価状態において、強い原子価間遷移(IVCT遷移)を近赤外域に与えた。Hushモデルを使いユニット間の相互作用を見積もったところ、クラスターを構成するRu3ユニットが多くなるほど還元電子が非局在化(平均化)する傾向が見られた。すなわち、金属d軌道と配位子π(π*)軌道の重なりから形成される大規模なπ共役系は、環構造のひずみに強く影響されることが示唆された。 以上のように本年度は、これまで前例のなかった「レドックス活性大環状金属クラスター」の幾何構造と電子状態、多段階レドックス挙動を詳細に解明するとともに、これらの新規分子が結晶相において超構造体を形成することを実験により明示することができた。
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