研究領域 | 脳内環境:恒常性維持機構とその破綻 |
研究課題/領域番号 |
24111544
|
研究機関 | 東京慈恵会医科大学 |
研究代表者 |
加藤 総夫 東京慈恵会医科大学, 医学部, 教授 (20169519)
|
研究期間 (年度) |
2012-04-01 – 2014-03-31
|
キーワード | 神経科学 / シナプス伝達 / 乳酸 / ATP / グルコース / アストロサイト / ニューロン |
研究実績の概要 |
シナプスにおける細胞外グルコース、アストロサイトのグリコーゲン、およびラクテート輸送が、シナプス伝達維持において担う役割とその貢献度を評価することを目的として、急性脳スライス標本をラットおよびマウスから作製し、延髄孤束核2次ニューロン、小脳プルキンエ・ニューロン、舌下神経核運動ニューロン、海馬CA1錐体ニューロン、扁桃体外側核ニューロンから記録される興奮性ならびに抑制性シナプス伝達に及ぼすモノカルボン酸トランスポーター(MCT)阻害の影響を検討し部位間で比較した。その結果、(1)これらのニューロンにおいて、MCT阻害薬alpha-cyano-4-hydroxycinnamic acid, (CHCA)、phloretinならびにD-lactateは興奮性シナプス後電流振幅を50%以上抑制する、ならびに、(2)膜電流に対する影響は神経核ごとに異なり、小脳プルキンエ・ニューロンではATP依存性Kチャネルの活性化を介した強い内向き電流を示す、という事実を明らかにした。また、孤束核ニューロンにおいて、細胞外グルコース除去によるシナプス伝達抑制が外因性lactate補給によって減弱すること、そして、その効果がCHCAによって消失することを示した。一方、興奮性シナプス伝達に及ぼすCHCAの減弱効果は、細胞内ATP濃度を減少させることによって増大し、この増大は、細胞内へのATP補給もしくはlactateの細胞内補給によって消失することが明らかとなった。また、Kd値の小さいグルタミン酸受容体競合的遮断薬であるgamma-DGGを用い、CHCAが放出確率を変化させずにグルタミン酸放出量を減少させることを明らかにした。以上の結果は、シナプス近傍におけるMCTが、脳の広範な部位において興奮性シナプス伝達の維持に貢献している事実を示している。
|
現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
主な研究計画はほぼ達成され、シナプス伝達制御におけるMCTの重要性が、実験計画に挙げていたいずれの脳構造においても示された。さらに、CHCAのみならず、phloretinならびにD-lactateなどのMCT阻害作用を示すとされる他の薬物でもほぼ同様のシナプス伝達抑制を確認できた。また、細胞外グルコース濃度の低下の影響、および、細胞内ATP供給の低下の影響、そしてそれらに及ぼすlactate補給の保護効果を実証することができた。以上、順調に計画が進み、重要な成果が得られた。一方、アストロサイトにおいてグリコーゲンからlactateを生成する過程を酵素阻害薬によって阻害しシナプス伝達に及ぼすその影響を評価する実験は酵素阻害薬の選定と購入に手間取り年度末までには結論を出せなかったが現在進行中である。実験的高血糖症および低酸素症モデル動物からの摘出脳標本を用いた実験は、モデルの作製から脳スライス作製まで連続した実験計画の推進が必要であり、次年度に集中的に行うこととしたため本年度は成果が得られていない。一方、班会議において、CHCAという阻害薬だけではなく分子発現制御を行ってその関与を解析する必要性を指摘され、RNA干渉法等を用いたこれらの脳領域におけるMCTの発現制御実験を進めるべく、準備を開始した。本実験は平成25年度に着手する。
|
今後の研究の推進方策 |
平成24年度の研究成果を踏まえ、以下の3つの方向を目指した研究を推進する。 1.脳内環境におけるエネルギー供給不全に起因する下記の病態モデルにおけるシナプス伝達のMCT依存性の可塑的変化を評価する。(1)ストレプトゾシン実験的糖尿病ラット、(2)慢性低酸素負荷ラット。 2.グリコーゲンからのlactate産生が、低エネルギー状態時におけるアストロサイトからニューロンへのlactate供給によるシナプス伝達維持に必須のプロセスである可能性をグリコーゲン分解酵素ならびにlactate産生酵素の阻害によって検証する。 3.阻害薬を用いて証明してきたMCTのシナプス伝達維持における役割を、siRNA導入などの方法を用いた遺伝子発現の制御によりさらに限局的かつ選択的にその機能を抑制し、精密な検証を試みる。 以上より、シナプス伝達維持におけるアストロサイトからのlactate供給の意義を明らかにする。
|