公募研究
海馬歯状回は、学習・記憶をはじめ、情動やストレス反応の調節に重要な役割を果たしていると考えられている。研究代表者はこれまでに、精神疾患様の行動異常を示す複数の遺伝子改変マウスや薬物投与マウスにおいて、海馬歯状回の神経細胞が成体であるにもかかわらず未成熟な状態にあるという現象(「非成熟歯状回」)を見出してきた。本研究は、この海馬歯状回における神経細胞レベルでの双方向性の変化が、脳のシステムレベルでの恒常性の維持・破綻とどのような関係にあるのかを明らかにすることを目的とした。平成24年度は、海馬歯状回における神経細胞の成熟度の操作法を検討しつつ、非成熟歯状回を持つ複数系統の遺伝子改変マウスを用いて、脳の恒常性に関わる視床下部-下垂体-副腎(HPA)系のストレスに対する反応を調べた。まず海馬歯状回の成熟度の操作法として、各種ストレス負荷による方法を検討した。野生型マウスに社会的敗北ストレスや拘束ストレスなどの各種ストレスを慢性的に負荷したところ、拘束ストレスを負荷したマウスの海馬で脱成熟が生じていることを示唆する遺伝子発現レベルでの変化を確認した。また、非成熟歯状回を持つ複数系統の遺伝子改変マウスの血中コルチコステロン濃度を調べたところ、いくつかの系統の遺伝子改変マウスでストレス暴露後の血中コルチコステロン濃度が野生型マウスよりも高く、HPA系の反応が増大していることが示唆された。これにより、歯状回の成熟度変化が脳のシステムレベルでの恒常性の維持や破綻に関与している可能性があることが示された。また、本年度は、光遺伝学的手法により歯状回神経細胞特異的に成熟度を操作するため、その実験に必要なチャネルロドプシン2遺伝子を発現するfloxマウスを入手し、繁殖の準備を進めた。
2: おおむね順調に進展している
海馬歯状回の神経細胞の成熟度変化という細胞レベルでの変化が脳の恒常性というシステムレベルでの変化とどのような関係にあるのかを明らかにするためには、神経細胞の成熟度変化を引き起こす要因を特定し、成熟度を操作するための方法を確立することが必要不可欠である。24年度は、歯状回の成熟度操作法の一つとして、ストレス負荷による方法を検討し、一部の慢性ストレス負荷条件で海馬歯状回に脱成熟が生じることを示唆する結果が得られた。また、未成熟歯状回を持つ複数系統の遺伝子改変マウスでは、ストレス負荷によるHPA系の反応が亢進していることが示唆され、歯状回の成熟度とシステムの恒常性維持機能との間に関連があることを示す結果が得られた。現在、歯状回神経細胞特異的に成熟度を操作し、歯状回での成熟度とHPA系の反応との直接的な関係を明らかにするため、その実験に必要な遺伝子改変マウスの作製や実験機器の準備を進めており、研究はおおむね順調に進行している。
我々や他のグループの研究により、マウスに抗うつ薬を慢性投与すると、歯状回の神経細胞が脱成熟するだけではなく、扁桃体や前頭皮質の細胞も成熟前の状態に戻ることがわかってきた。これらの知見は、各種実験操作によって生じ得る歯状回以外の脳部位での細胞成熟度の変化が、脳の恒常性維持機能の変化を引き起こしている可能性があることを示している。歯状回の神経細胞の成熟度変化と脳の恒常性との直接的な関係を明らかにするためには、歯状回の神経細胞のみでその成熟度を操作する必要がある。そこで、25年度以降は、光遺伝学的手法を用いて歯状回神経細胞特異的に成熟度を操作することを試みる予定であり、その実験に必要なマウスを準備し、成熟度の操作法に関する技術を確立することを目指す。
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すべて 雑誌論文 (8件) (うち査読あり 8件) 学会発表 (18件) 備考 (1件)
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