研究領域 | ゲノム・遺伝子相関:新しい遺伝学分野の創成 |
研究課題/領域番号 |
24113502
|
研究機関 | 東北大学 |
研究代表者 |
山元 大輔 東北大学, 生命科学研究科, 教授 (50318812)
|
研究期間 (年度) |
2012-04-01 – 2014-03-31
|
キーワード | 脳・神経 / 発生・分化 / 遺伝学 / 遺伝子 / 細胞・組織 |
研究実績の概要 |
交尾前生殖隔離は多くの動物で種間交雑を妨げる主因の一つである。それは別種の雌雄が相互を隔てる「コンフリクト」を感知して、交尾に至ることなく“やり過ごす”過程であり、その背後には種の特徴を抽出して行動の選択を行う神経回路の働きと、その種特異性を決定付けるゲノムの制御があると思われる。種分化過程では、雌雄協調的な選好性の変化が一部の個体に生じて種内に行動特性を異にする亜集団を作り出し、最終的には親集団との間に生殖隔離を導くことが推察される。しかしこうした選好性の変化をもたらす遺伝的変異の正体は不明であり、その変異によって引き起こされる神経回路の変容の実体は謎に包まれている。そこで本研究では、遺伝学のモデル生物の一つ、Drosophila melanogaster(キイロショウジョウバエ)とその同胞種、D. simulans(オナジショウジョウバエ)を主たる材料として、この問題に迫る。 simulans、さらにその雑種個体 (以下、m-s雑種と呼ぶ)に於ける配偶パートナーの選択に着目し、交尾前生殖隔離を実現するメカニズムを探った。行動実験の結果、m-s雑種雄個体はsimulansの雌を好んで求愛し、melanogasterの雌にはわずかしか求愛しないことがわかった。続いて、体表炭化水素のうち、melanogasterの雌に多量に含まれる一方、melanogasterの雄や他種の雌雄にはほとんど存在しない7,11-Heptacosadiene(7,11-HD) をsimulansの雌に塗布したところ、m-s雑種雄はこの雌に対する求愛を低下させた。この結果から、7,11-HDへの応答の違いが種特異的な求愛の基盤の一つと考えられる。
|
現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
本年度の研究により、melanogasterとsimulansの種間雑種雄が配偶者選択に於いて明確にsimulansの雌を選び、melanogasterの雌にはほとんど求愛しないことが明らかとなった。しかも、このsimulans雌を好む性質は、simulans雌に7,11-HDを塗布することによって抑制されることから、7,11-HDの情報処理システムが雄による同種の認知に寄与していることが判明した。これにより、今後集中的に解析を進めるべき対象が明確となった。7,11-HDを受容細胞がppk23発現ニューロンであることは本年度、明らかにされたばかりであり(Thistle et al., 2012, Cell 149, 1140-1151)、我々の発見はまさにタイムリーなものといえる。この受容細胞はfruitless遺伝子を発現し、その軸索投射は性的二型を示す。研究代表者はこれまでfruitless研究を牽引して来た者であり、種の認知機構という新たな局面に於いても今後主導権を発揮できると考えられる。こうしたことから上記の評価とした。
|
今後の研究の推進方策 |
melanogasterの雌は体表の炭化水素として7,11-heptacosadiene (7,11-HD)を多く合成し、この7,11-HDがmelanogasterの雄を同種の雌に引きつけ、他種の雄を遠ざける要因であることが確かめられた。しかも、melanogasterとsimulansの種間雑種m-sの雄がsimulansの雌を好む要因が、7,11-HDの欠如にあることも判明した。そこで、7,11-HDを受容するとされる脚のppk23発現感覚ニューロンの数、形態、局在、投射を両種とm-s雑種で比較するとともに、その電気生理学的応答についても比較する。また、配偶者選択には7,11-HDなど、味覚受容器を介して働く化合物の他に、嗅受容器を介して働くフェロモンも重要と考えられるため、嗅受容ニューロンと第2次投射ニューロンの種間比較、種間雑種での解析を行う。
|