連続戻し交配によって近縁野生種Aegilops geniculata細胞質(ミトコンドリアゲノム)を導入した細胞質置換コムギ系統は、生育不良を引き起こすことなく、花成(栄養成長から生殖成長への移行)が遅延する。コムギの花成では、AP1/FUL-like MADSボックス転写因子をコードするVRN1遺伝子が中心的な役割を担う。花成促進遺伝子であるVRN1は、その発現をエピジェネティックに抑制されており、低温にあうことによってエピジェネティック状態が変化し、発現レベルが上昇する(春化現象)。本研究では、Ae. geniculata細胞質置換系統において、ミトコンドリア原因遺伝子がVRN1のエピジェネティック発現制御にどのように影響するかを明らかにし、その分子機構に迫る。 <VRN1遺伝子発現およびエピジェネティックス解析>プロモーター領域のDNAメチル化解析、およびヒストン修飾の免疫沈降法(ChIP法)解析により、ミトコンドリアからのMRSにより、春化によるVRN1遺伝子のエピジェネティック抑制の解除が阻止されることが証明された。 <ミトコンドリア原因遺伝子の探索>RNA-seq解析の結果、正常細胞質ミトコンドリアゲノムで春化処理した植物で特異的に発現するミトコンドリア遺伝子(新規orf)を4つ同定した。これらのorfと相同な領域を持つorfが、細胞質置換系統のミトコンドリアゲノムにも見出された。現在私たちは、春化における低温センサーがミトコンドリアに存在し、ミトコンドリアから特異的な遺伝子発現とMRSが生じ、VRN1のエピジェネティック制御に影響を及ぼすとする「ミトコンドリア春化センサー仮説」を提唱している。この仮説は、核と細胞質の不調和によるVRN1のエピジェネティック抑制解除の阻止をうまく説明できる。
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