公募研究
これまでに、プリオン病の原因であるプリオンタンパク質(PrP)を標的とする抗プリオンRNAアプタマーを創製した。このRNAアプタマーとPrP各々について断片化コンストラクトを作製し、結合解析を行うことで、各々について相互作用領域を同定した。その結果、RNAアプタマーでは12塩基長のGGAGGAGGAGGA(R12)配列が、またPrPではN端領域の天然変性領域中に含まれる2つの塩基性クラスター(PrP-BC1、PrP-BC2)が相互作用領域であることが明らかとなった。引き続き、R12とPrP-BC1及びR12とPrP-BC2、各々の組み合わせでNMR法による滴定実験を行い、ストイキオメトリーと結合解離定数の解析を行った。その結果、R12はホモダイマーを形成し、2分子のプロトマーで2分子のPrP-BC1(または2分子のPrP-BC2)を結合することが明らかとなった。また解離定数については、R12とPrP-BC1及びR12とPrP-BC2、いずれの結合についてもおよそ1E-5 Mの値が得られた。解離定数と結合自由エネルギーとの相関関係から、後者の和は前者の積となる。これによりPrPとR12の解離定数を算出すると、およそ1E-10 Mの値が得られる。一方、R12とPrPについても上記と同様に滴定実験を行なったところ、解離定数としておよそ1E-8 Mの値を得た。これらの値がほぼ一致することから、PrPとの結合においては、R12は片方のプロトマーでPrP-BC1領域を、もう片方でPrP-BC2領域を結合することが強く示唆された。さらに、R12:PrP-BC2複合体について、立体構造をNMRにより決定した。R12とPrP-BC2の結合界面には一つの疎水性相互作用と3つの静電相互作用が形成されていることが明らかとなった。R12とPrPの天然変性領域との結合様式の解明に向けた知見が得られた。
2: おおむね順調に進展している
R12:PrP-BC2複合体の立体構造をNMRにより決定することに成功した。それにより、R12は、ホモダイマーを形成し一つのプロトマーにつき一分子のPrP-BC2を結合すること、さらに詳細な相互作用様式を解明した。R12とPrP-BC2の結合界面には、一つの疎水性相互作用(R12のカルテット平面:PrP-BC2のTrp残基)と3つの静電相互作用(R12の3つのリン酸基:RrP-BC2の3つのLys残基)が見つかった。PrP-BC2について、これらのアミノ酸残基を1つずつAlaに置換してマイクロチップ電気泳動による結合解析を行ったところ、複合体形成能が20% - 50%落ちることを確認した。一方、R12の抗プリオン活性を細胞実験により確認することにも成功した。ヒトのプリオン病を感染させたマウス神経由来細胞に対してR12を添加した結果、異常型プリオンタンパク質の形成が有意に抑えられることがわかった。近年、上記のPrP-BC2にアルツハイマー病の主原因であるアミロイドβ(Aβ)オリゴマーが結合し、その結果、脳の機能障害が引き起こされることが報告された。即ち、RNAアプタマーとAβオリゴマーは競合関係にある。そこで、PrP:RNAアプタマー及びPrP:Aβオリゴマーの各複合体について、相互作用様式を立体構造及び分子運動・構造変化の観点から明らかにする。まず、Aβの発現コンストラクトを作製した。今後は、調製方法を確立し、解析を進めていく。
プリオンタンパク質(PrP)については、全長(約200残基)タンパク質、天然変性領域及びそこに含まれる二つの塩基性クラスター領域(PrP-BC1、PrP-BC2)の各断片化タンパク質の調製方法を既に確立しており、同様の方法により、アミロイドβペプチド(Aβ)の調製方法を確立する。これまでに、RNAアプタマー:PrP-BC2複合体の立体構造を決定した。同様の方法により、RNAアプタマー:PrP-BC1、RNAアプタマー:全長PrP、さらに全長PrP:Aβ、各塩基性クラスター領域:Aβの各複合体についてもNMR立体構造解析を行う。そして、PrPと抗PrP RNAアプタマーの結合及びPrPとAβの結合について相互作用様式を明らかにする。以上の各種複合体について結合に関する速度論的パラメータ及び熱力学的パラメータを導出する。方法としては、NMRを用いることで異なる時間分解能のダイナミクスを解析する。また実験戦略として、複合体を構成するRNAアプタマー、PrP、Aβの混合率や溶液条件を系統的に変えることにより詳細な解析を行う。このようにして、天然変性領域による分子認識機構に関して相互作用様式と、結合の原動力となるダイナミクス(分子運動及び構造変化)に関する知見を得る。
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