研究領域 | 天然変性タンパク質の分子認識機構と機能発現 |
研究課題/領域番号 |
24113723
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研究機関 | 慶應義塾大学 |
研究代表者 |
苙口 友隆 慶應義塾大学, 理工学部, 助教 (90589821)
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研究期間 (年度) |
2012-04-01 – 2014-03-31
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キーワード | 動的構造 / MD-SAXS / 天然変性領域 / 水和構造 / DNA結合蛋白質 |
研究実績の概要 |
研究代表者はこれまで、溶液X線散乱(SAXS)と分子動力学(MD)シミュレーションとを組み合わせ、蛋白質分子の動的構造を原子レベルで得る新しい構造解析法(MD-SAXS法)を開発してきた。本研究課題の目的は、MD-SAXS法を発展させることで、天然変性蛋白質の動的構造を原子レベルで追跡し、その生物学的機能との関連を明らかにすることである。 本年度は、MD-SAXS法を用いてDNA組み換え修復蛋白質Hefの動的構造解析を行った。Hefは2つのドメインが100残基と非常に長い天然変性領域によって繋がれた構造を持つ。MD-SAXS法による解析から、Hefの天然変性領域は完全にランダムではなく、それよりも縮んだ構造を持ち、有る程度の特徴的な構造を部分的に形成していることが分かった。今回得られた動的構造の情報は、結晶構造解析のみからでは得られないものであり、天然変性蛋白質の機能の理解に重要な知見である。今後は、NMRが提供する局所構造情報をMD-SAXS法と組み合わせることで、より詳細な動的構造解析を目指す。 また、増殖細胞核抗原PCNAの溶液構造の解析をMD-SAXS法を用いて行った。PCNAの構造はリング型構造をしており、そのリング内側に広い正電荷表面を持つ。PCNAはこのリング内側表面にDNAを結合させ、DNAに作用する蛋白質の足場として機能を果たす。また、PCNAのリング外側には、天然変性配列PIPボックスを始めとする複数の酵素を認識する長いループ領域が存在する。MD-SAXS法による解析により、PCNAのリング内側表面には特異的な水和構造が形成されていることが明らかになり、PCNAとDNAの相互作用について重要な物理化学的知見が得られた。また、溶液中においてはリング外側のループ領域は大きく揺らいでいることがわかり、PCNAが様々な酵素を認識する機構について重要な知見が得られた。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
MD-SAXS法を発展させることで、本研究課題の目的である天然変性蛋白質の動的構造解析を行えるようにした。発展させたMD-SAXS法を用いてDNA組み換え修復蛋白質Hefの解析を行い、その動的構造について重要な知見を得た。さらに、様々な天然変性蛋白質と結合するPCNAの動的構造の解析も行い、PCNAが様々な天然変性蛋白質を認識するためにはその動的構造が重要であることも分かりつつある。以上のように当初の目的に沿った研究が進みつつあるが、同時にMDにおける構造サンプリングの非効率性から、実験データの厳密な解釈を十分に行えないという課題も明確になった。これらの課題を解決するために、昨年度末から粗視化MD(CGMD)やMulti-scale ensemble sampling (MSES法)といった新しいシミュレーション手法を、MD-SAXS法に組み込む作業をすでに開始している。これらの状況から判断するに、達成度はおおむね順調に進展していると評価した。
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今後の研究の推進方策 |
前年度において行ったHefの動的構造解析における課題は、Hefの天然変性領域は100残基と非常に長いため、通常の全原子MDでは構造のサンプリングが十分でなかったことである。そのため、天然変性領域の構造特徴を完全に同定するまでには至っていない。そこで本年度はこの問題を解決するために、HefのMD-SAXS法に粗視化MD(CGMD)を導入する。さらには現在、同じ新学術領域の計画班である佐藤衛教授、菅瀬謙治主任研究員、石野良純教授らの研究グループによって、全体構造の実験情報であるSAXSに加えて、局所構造の実験情報を与えるNMR測定がHefに対して行われている段階である。すでに、化学シフト等などの実験情報が得られており、これらのNMR実験情報もCGMD法と共にMD-SAXS法に取り入れ、より精度の高い動的構造解析を行う。 更には、研究目的を円滑に推進するために、Hefと異なり天然変性領域が約10残基と短い、ATP合成酵素F1-ATPaseεサブユニットの動的構造解析も行う。εサブユニットは、ATP存在下においてはじめて、その構造が形成される。MD-SAXS法を用いて、ATP存在下と非存在下での動的構造解析をMD-SAXS法によって行い、εサブユニットの天然変性構造がどのようにしてATPを認識しているかを明らかにする。その際、通常の全原子MDでは構造サンプリングが難しいため、近年開発されたMulti-scale ensemble sampling (MSES法)を用いる。MSES法は、全原子MDと粗視化MD(CGMD)を併用した手法であり、10残基程度の変性領域の構造変化過程ならば、十分な効率でサンプリングできることが期待される。
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