研究領域 | 少数性生物学―個と多数の狭間が織りなす生命現象の探求― |
研究課題/領域番号 |
24115503
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研究機関 | 東京大学 |
研究代表者 |
石原 秀至 東京大学, 総合文化研究科, 助教 (10401217)
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研究期間 (年度) |
2012-04-01 – 2014-03-31
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キーワード | 情報理論 / 統計学 / シグナル伝達系 |
研究概要 |
細胞イメージング実験で得られるデータを念頭に①統計学的手法による時系列データからの方程式推定と②細胞運動の数理モデルの構築を行った。 ①に関しては、時系列データからベイズ手法を用いて系を記述する方程式系の推定を試みた。特に細胞性粘菌の細胞内に見られる化学進行波のデータ(PIP3, PTEN)に対し、相空間のメッシュ化し、ガウシアンカーネルを用いた方程式推定をおこなった。いくつかの変異株に対して手法を適用した結果は、先行モデルと整合的であり、モデルの正しさをサポートするものである。また、より理論的な試みとして、細胞周期の低次元方程式系の抜き出しと、パラメータ変化に対する分岐タイプの同定の手法開発をおこなった。細胞周期に対して提唱されている二つのモデル(TysonモデルとFerellモデル)から生成される時系列データから2変数へ縮約したモデルをこの手法を用いて同定した結果、もとの高次元モデルで見られる分岐タイプが保存された低次元方程式が得られた(Kondo et al. Phys Rev E, 2013)。これらの手法は様々な系に適用可能であり、系を記述する方程式決定に役立つと期待される。 ②細胞運動の新規モデル化を試みた。多くの先行研究で行われている、計算パワーの必要な反応拡散系や偏微分方程式とは異なり、それらを縮約した時に得られると期待される「複雑な運動形態を表す少数モード」が満たすべき方程式系を、系の対称性を考慮することで導出した。この際、細胞コンパスを表す極性子という新しい概念を導入した。得られた系は実際の細胞系と対応する様々な運動を示し、複雑で多様な細胞運動を統合的な視点から理解できることにつながりうる。この結果を論文にまとめ、現在投稿中である。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
3: やや遅れている
理由
細胞が示す走化性について、それを題材とした新規モデルの構築や、時系列データからの数理統計学、情報論にもとづいた解析については一定の成果が得られているものの、もともとの狙いであった「細胞自身が行う情報処理について情報理論的な解析を行う」ことが遅れている。分子ばらつきが示す情報論的利得について、直観的な理解や狙いはしぼれてきてはいるが、それを数理モデル化する過程においていくつかの困難にあたっている。定量的な議論を行うために解析的に扱いやすく、また、拡張が可能かつ容易なモデル構成がうまくできていないことが主な原因である。加えて、時系列データ解析において、数値シミューレションを行うにあたって想定していたよりも莫大な計算量が必要であることがわかってきた。これについては、適当な近似などの計算手法の改良を試みるとともに、GPGPU等を用いた計算機レベルでの対応を検討している。
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今後の研究の推進方策 |
本年度は、レセプターの分子間ばらつきに注目し、ばらつくことによる情報論的利得に注目したモデルの構築ならびに解析を行う。ばらつくことの利点は、直観的には①異なる性質をもつチャネルで並列化した処理をおこなうことうで、簡単に外部シグナルのダイナミックレンジを上げること②外部シグナルのばらつきによって異なる時間スケールで情報処理を行うことから、直観的には理解できる。この性質をモデルを通し、情報量を定量化することが本年度の主な目的となる。多レセプター系の情報論的な議論の出発点になりうる簡単かつ拡張可能なモデルの構築をし、特に時系列に載っている情報を有効に活用しうるばらつきの分布を導出する。数理解析的な理由から、連続体的な描像と、分子の個数性を明示的に入れた両者の方針で理論構築を進めていく。分子内ばらつきについて、その有用性を指摘し、かつ実験検証可能なシナリオを提示することを目指す。 また、拡張として、理論的には上で述べた状況と共通する部分もあることから細胞間のばらつきについても議論を行う。細胞間で分子量の発現度合いなどの違いにもかかわらず、外部刺激への応答レベルである程度共通の振る舞いが可能なロジック(ロバストネス)を探る。この過程で、理論的な試みとして制御理論における感度公式などを生物の刺激-応答系に即して議論、拡張を試みる。また、実験家との協力のもとに、細胞性粘菌の運動を題材として高精度に制御された刺激に対する細胞の応答のデータを解析し、理論と照らし合わせていく。
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