細胞の情報処理を理解すべく、シグナル伝達系に対して以下の二つの研究を行った。 ①分子間のバラツキ、分子個性がどのような利点を持ちうるかを理論的に考察した。例えばレセプター分子のリガンドへの親和性にバラツキがある場合、ない場合と比べてダイナミックレンジが広がる事、SN比が高くれる事を示した。これらを、異なる情報コーディングの状況、すなわちレセプターへの結合個数による濃度検知方式と、結合と乖離の繰り返しを数える時間的なコーディング(Berg-Percell方式)の二つの状況で調べ、いずれの場合もバラツキがある方が、外界との相互情報量を高めること、つまりノイズ揺らぎを押さえることに寄与することを示した。この結果は、分子のバラツキが実際に役に立ちうる事、バラツキがあるだけで、単純にN倍されない分子の協同的な効果がありうることを意味している。 ②細胞性粘菌は集合時にcAMPのスパイラル状の波を生成し、そのシグナルを登って行くが、この動的なシグナル場の検知機構についてはほとんどわかっていなかった。実際、単純な勾配検知型だと細胞は波を登って行く事ができない。中島昭彦博士、澤井哲博士(東京大学総合文化研究科)との共同研究のもと、マイクロフルイディクスによって波のプロファイルを人工的に生成し、周期を変えた実験を行った。このとき、細胞内のRasの応答を同時に観測し、実験結果を説明する数理モデルを与え、解析した。細胞が、シグナルの時間変化への応答と空間勾配への応答をどのように使い分け、統合しているのかを表す表式を得て、これを用いて細胞が周期的シグナルを登れる特長的時間がどのように決定しているかを明らかにした。
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