研究領域 | 動的・多要素な生体分子ネットワークを理解するための合成生物学の基盤構築 |
研究課題/領域番号 |
24119502
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研究機関 | 埼玉大学 |
研究代表者 |
朝井 計 埼玉大学, 理工学研究科, 准教授 (70283934)
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研究期間 (年度) |
2012-04-01 – 2014-03-31
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キーワード | 発現制御 / 遺伝子 / 細菌 |
研究実績の概要 |
多数の遺伝子で構成される人工遺伝子回路を設計通りに働かせるためには、遺伝子の転写のオン・オフを逐次的に制御できる系が、多種類必要であるが、現在までにそのような系はない。細菌のシグマ因子サブファミリーのECFσ因子には1)ECFσ因子に特異的に結合して、単純な蛋白質間相互作用の原理に基づいて、対応するECFσ因子の転写誘導活性を制御する抗σ因子蛋白質がある、2)抗σ因子は膜蛋白質で、環境ストレスに応答してECFσ因子の活性を制御する、などの有用な特徴がある。形質転換による外来遺伝子の導入が容易な枯草菌を宿主として用い、誘導条件(温度、pH、酸化等の環境ストレス)の異なる複数のECFσ因子-抗σ因子制御機構によって、細胞内に導入した多数の遺伝子群の転写のオン・オフを、逐次的に、独立に制御することが可能なマルチ転写制御系の構築を目的とした。 枯草菌の7つのECFσ因子を全て除いた破壊株を宿主細胞とし、不必要な転写制御系の邪魔無く必要な複数のECFσ因子-抗σ因子系のみによるクリアな遺伝子発現制御系の構築を初めて行った。導入する転写制御系は、σW-YbbM(アルカリ性応答)、σM-YhdKL(酸性応答)を用いた。それぞれのECFσ因子に特異的に制御されるプロモーターDNA配列を、レポーター遺伝子と融合し、レポーターの活性によって発現制御状態をモニターした。σW-YbbMのみを有する株では、pHが中性でもσWが構成的に活性化した。一方σM-YhdKとσW-YbbMを共存させたところ、σWの活性は野生株のレベルまで減少した。この原因を究明すれば、σW-YbbMの制御機構の解明につながる可能性がある。 この株を用い、培地のpHをアルカリ側にシフトするとσWの活性化がみられ、転写のオンが起きることをレポーター活性測定により確認した。また、この時σMは活性化せず、シグナルの特異性も確認した。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
枯草菌の7つのECFσ因子のうちσW-YbbMのみを有する株では、原因は不明だが、pHが中性でもσWが構成的に活性化したが、σM-YhdKを共存させることで、σWの活性を野生株のレベルまで減少し、この株を用いて培地のpHのアルカリシフトによりσWの活性化がみられ、転写のオンが起きることが確認できた。また、この時σMは活性化せず、シグナルの特異性も確認でき、研究当初に予定していた、ある程度の成果は見られた。一方で、スイッチオン後pHの酸性シフトにより、σWの再不活性化による転写のオフの確認を試みたが、σWの不活性化は自発的に起こり、人為的なスイッチのオフは不完全だった。枯草菌が生理的にアルカリストレスに適応したと考えられる。 これらの予期しなかった結果の原因を究明するために、σWの抗σ因子であるYbbMの発現量を人為的に制御できる株を作製し、YbbMの発現量がσWのアルカリシフトによる活性化に与える影響を解析した。YbbMの量が少ないと構成的にσWが活性化し、YbbM量が必要以上に多いと、ストレスによるσWの活性化が起きなくなった。YbbMの発現量を免疫ブロット法で、σWの活性をmRNA検出法で定量化し、転写スイッチとして最適なYbbM量を決定する。 また、複数の制御機構による転写スイッチシフトについては、既にσM-YhdLK系が酸シフトによってσMの活性化が起こり、スイッチオンは可能であることが予測できる。σW-YbbMとσM-YhdKのみを有する株は既に作製済みであるので、培地を中性からアルカリ性→酸性→中性と変化させ、pHの中性あるいはアルカリ性シフトによってσW-YbbM系のオフとσM-YhdLK系のオンといった転写制御の移行は容易にテスト可能な状態にある。
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今後の研究の推進方策 |
ECFσ因子の活性モニタリングは、特異的に制御されるプロモーターDNA配列とβガラクトシダーゼの融合遺伝子によるレポーターアッセイのみであった。複数の制御系を同時にモニターするために、βグルクロニダーゼ等の分解酵素レポーター遺伝子も用いる。また、GFPやRFP等の蛍光蛋白質遺伝子との融合遺伝子を作製し、蛍光分光光度計を用いて細胞の蛍光強度を測定して非破壊で経時的にモニターする。その他の手法として、細胞からRNAを抽出し定量的RT-PCR法により直接転写量を測定する。 枯草菌のストレス応答による自発的なσの再不活性化を防ぐために、枯草菌以外の細菌でも知られているECFσ因子転写制御系を枯草菌に導入して、転写制御系の一つとして適用する。具体的には1)放線菌の酸化ストレス応答系SigR-RsrA、2)粘液細菌の光応答系CarQ-CarRの枯草菌への導入を試みる。導入遺伝子の中には膜蛋白質もあるため、枯草菌で正常な膜局在や立体構造をとらず、活性が見られなかった場合には、それらが機能するようなサプレッサー変異の導入を行う。 昨年度解析したσW-YbbM(アルカリ性応答)とσM-YhdK(酸性応答)に加え、次年度解析予定の誘導条件の異なる複数のECFσ因子転写制御系を一度に枯草菌染色体上に導入して、誘導条件を変化させることで、転写制御のオン・オフ、スイッチが可能な逐次的多段階転写制御系の構築を試みる。 計画研究の柘植班で開発された遺伝子集積技術(OGAB 法)を用いて多数の遺伝子を1段階で集積させ、これを枯草菌の染色体上に組み込ませる。具体的にはアーキアの脂質合成系遺伝子群を枯草菌染色体上に導入し、これと枯草菌の脂質合成系遺伝子群を対象として、構築された逐次的多段階転写制御系によって実際に転写制御を行い、その動作確認を行う。
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