本年度は,昨年度実施した,昆虫におけるモデルベースの意思決定を検証するための学習タスクを改良し,先行する聴覚刺激によって忌避的刺激に対する行動が変化することを明らかにした。ボール型トレッドミル上のコオロギに,左右いずれかのスピーカーから10kHzのトーン音(手掛かり刺激)を1秒間与え,その終了直前に左右いずれかの側方から200ms間の気流刺激(忌避性無条件刺激)を与えたところ,気流刺激によって誘導される歩行運動方向がやや後方よりに変化した。この変化は1回目の刺激に対する応答でも見られ,刺激を繰り返しても変化しなかったことから,気流刺激の予測で生じたものではなく聴覚と気流感覚のcross-modal effectによるものであると考えられる。また,この効果は側方からの気流刺激に対して最大となり,音源の位置に関係しなかった。次に,歩行運動方向を決定する下行性介在ニューロンを明らかにするため,トレッドミル上を歩行するコオロギの頸部腹側縦連合から下行性神経活動を細胞外記録し,同時にトレッドミルから運動情報を同時計測した。神経活動をスパイクソーティングによって約40~60個のユニットに分離し,その発火列データから歩行速度およびターン角速度をSparse logistic regressionを用いて予測したところ,自発歩行ではほぼすべてのユニットを使って予測したのに対し,気流誘導性歩行では少数のユニットだけで予測を行っていた。さらに,自発歩行予測モデルでは気流刺激に対してまばらな発火をしめすユニットと刺激終了後も長く発火が続くユニットに大きな重み付けがされているのに対し,気流誘導性歩行予測モデルでは刺激に対して一過的に発火するユニットに大きく重み付けられていた。すなわち,前者は意思決定により運動を起こすユニットであると考えられることから。これらのニューロンが運動意思決定に関与していることが示唆された。
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