研究領域 | ヘテロ複雑システムによるコミュニケーション理解のための神経機構の解明 |
研究課題/領域番号 |
24120710
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研究機関 | 九州大学 |
研究代表者 |
ローレンス ヨハン 九州大学, 国際教育センター, 教授 (80589135)
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研究期間 (年度) |
2012-04-01 – 2014-03-31
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キーワード | 海馬 / ラット / 場所ニューロン / 局所脳波 / 情報表現 / 神経生理学 / 行動解析 |
研究実績の概要 |
本研究は,他者の行動に対するラット海馬の場所ニューロンの活動特性を明らかにし,海馬領域の空間認知に関するミラーシステムとしての可能性を検討することを目的としている。研究初年度である本年度は,報酬を獲得するためにラットが互いの行動に対して持続的に注意を払う必要がある行動課題を考案し,迷路装置の設計と実装を行った。また,ラット海馬には運動に関連して反応するニューロンも少なくないため,それらの他者への反応を検討するべく,スキナー箱を用いた2匹のラットによる協調行動課題を考案し,装置の設計を行った。両課題ともに現在ラットの訓練を進めている。一方,ラットが他者に注意を払っている期間は,一般的に行動が止まり,移動行動中とは異なるメカニズムのシータ波が強く観測されることが知られている(Type 2シータ波)。場所ニューロンの活動は移動行動中のシータ波(Type 1)との関係性が多角的に議論されているが,Type 2シータ波に関する知見は非常に少ない。移動行動中と静止中の神経活動の類似点と相違点をクリアにするために,本年度はType 2シータ波と静止中の細胞活動の関連性と,静止期間の海馬における局所脳波のダイナミクスを詳しく解析した。その結果,ラットが行動を停止し,次の行動再開に向けて準備を開始すると,海馬内のガンマ波は最初高周波成分が強く,その後低周波成分が強くなる傾向が確認された(CA1領域での計測)。これは行動を停止した直後には海馬が海馬外部からの入力を強く受け取り,その後海馬内部(CA3)の活動が高まって行くという情報処理の流れを強く示唆している。またガンマ波,細胞活動ともに静止中のシータ波の特定の位相に強く活動がロックしていることも確認された。これらの結果と今回用いた解析手法は,二個体で行う実験課題のデータ解析に活用してゆく。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
(i) 過去の研究例では2匹のラットが自由探索行動をしている際の海馬活動には,明確な他者の脳内表現は確認できなかったとされている。そこで本研究では,報酬を獲得するためには,他者のラットの動きを定点から注視する必要のある迷路課題を考案し,迷路装置の設計・実装を完了させた。現在は一部装置の制御をコンピュータで自動化する必要性が生じたため,改良を行なっているが進捗は概ね順調である。
(ii) 他者の行動を注視している際,ラットは行動を停止することが一般的である。そのような静止状態に発生する海馬内シータ波(Type 2)は,移動行動中のType 1シータ波とは薬理学的性質や発生の起源が異なるが,その特性の詳細は明らかになっていない。本年度は今後の解析に備えて,単独のラットに認知課題を行わせ(delayed spatial alternation),行動を一時的に停止して次の行動を再開させるタイミングを図っている際に観測されるシータ波・ガンマ波と,細胞活動の関連性を詳細に解析した。その結果,この状態に特徴的な神経活動の特性を捉えることに成功した。現在この成果については1編が論文投稿中であり,さらに1編が投稿準備中である。また,これらの現象から推測される,行動準備中の海馬における情報処理の流れに関する仮説モデルを構築し,この期間の特徴的な神経活動の機序を説明する計算モデルの構築を,同じ新学術領域「情報創成機構」の所属グループ(津田一郎教授班)との共同研究としてスタートさせた。
以上より,初年度の研究は概ね順調に進捗していると判断する。
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今後の研究の推進方策 |
平成25年度は,初年度に実装した迷路を用いた行動観察課題の訓練を完了させ,課題中のラットからの神経活動記録・解析を本格的に進めて行く。「他者」の行動を観察している際のラットの行動状態に注意し,なるべく運動由来の外乱を排除した静止状態で観察が行われるように,課題と装置の細部の調整を行う。データの解析には,従来の場所ニューロンの活動パターン解析と併せて,初年度の研究で発見した静止状態特有の神経活動が,他者の観察行為によってどのような影響を受けるのかという点にも着目し,局所脳波・細胞活動の両面から詳細に解析して行く。
また,場所ニューロンが他者の行動に対して明確な神経活動を示さなかった場合を想定し,互いの姿が確認できる壁面の透明なスキナー箱2台をつなぎあわせた装置を使った2匹のラットによる協調行動課題を考案した。海馬ニューロンには運動に関連した活動を示すものも少なくないため,場所ニューロンの解析と併せて,これらのニューロンの他者の動きへの応答特性を,この協調行動課題を用いて解析して行く。
そして,得られたデータの背後にあるメカニズムの検証(シミュレーション)および計算モデルの構築にあたっては,初年度にスタートさせた本新学術領域・津田一郎教授グループとの共同研究を引き続き推し進めていく。
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