三重架橋スルフィド錯体とベンゼンとの反応から得られる三重架橋ベンザイン錯体をプロトン化することで、1気圧の水素雰囲気下で水と速やかに反応し、フェノールが得られることを明らかにしてきた。水素が存在しない場合には、常磁性の架橋ヒドロキソ―三重架橋ベンザイン錯体が得られる。この常磁性種は、中性の三重架橋スルフィド―三重架橋ベンザイン錯体を1電子酸化することで得られる常磁性種を水と反応させることで、ほぼ定量的に得られることを明らかにした。架橋ヒドロキソ種はフェノール生成の重要な中間体と考えられたが、単離した常磁性の架橋ヒドロキソ錯体と水素との反応では少量のフェノールしか得られないことが明らかとなった。この結果は、水素ラジカルが脱離する前の中間体がフェノール生成の鍵化合物であることを示唆するものであり、おそらく水との反応でスルフィド配位子がプロトン化を受けた架橋ヒドロスルフィド錯体が生成しているものと考えられる。ベンザイン配位子を持たない三重架橋スルフィド―ヒドリド錯体のプロトン化ではカチオン性のヒドロスルフィド錯体の生成が確認されいる。ヒドロスルフィド配位子からの水素ラジカルの脱離によって常磁性種が生成したものと考えられる。 同様の骨格を有するカチオン性の三重架橋アルキン錯体と水との反応を試みたが、未反応であった。ベンザイン錯体とアルキン錯体の酸化還元電位を測定したところ、ベンザイン錯体の方が酸化還元電位が70mVほど高電位側にシフトしていることが明らかになった。この結果はベンザイン配位子への逆供与によって金属中心のルイス酸性が高まり、そのためにベンザイン錯体では水との反応が速やかに進行したことを表わしている。
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