タンパク質・酵素の中は、高次構造の形成により機能に関与するアミノ酸配置があらかじめセットされる「静的構造効果」が重要であり、これは低分子化合物では実現困難な魅力的な反応場を提供する。さらに、この環境下に、合成的手法により調製された無機錯体や有機金属錯体を導入すれば、不斉合成や基質選択的触媒反応に応用できる。しかし、その導入方法には、古典的なシステインチオールを介した反応とは異なる新たな手法の開発が必要である。このことから、我々は、ホベイダグラブス錯体が関与するオレフィンメタセシスに着目し、タンパク質化学修飾にも応用できるメタセシス反応を検討した。水系でのメタセシス反応には、反応溶液中の塩濃度の維持が重要であり、通常、生化学実験で用いられる緩衝溶液中では、この反応効率は著しく低下することが分かった。これを回避するためには、ホベイダグラブス錯体のルテニウム反応中心に配位するクロライド配位子をできるだけ維持することが必要と考え、塩化物塩共存下での反応を検討したところ、反応効率が大幅に向上した。緩衝溶液中でも、塩化カリウムなどの共存塩の存在は必須であり、他のカウンターアニオンの塩では反応効率の向上が見られなかった。したがって、水系メタセシスにおいて、中心金属上のクロライド配位子は反応活性のファインチューニングに重要であることが示された。この結果は、ケミカルバイオロジー分野における実験ツールとして、メタセシス反応を用いる際の実験プロトコルの確立に重要な知見である。
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