カルベンはCX2で表される中性の2価炭素化合物であり、その反応性は置換基Xの種類によって大きく変化する。N-ヘテロサイクリックカルベンは、π供与性のアミノ基を有する環状カルベンであり、その高い求核性から、近年、均一系触媒の開発において重要な配位子となっている。我々は、d電子を有する遷移金属ユニットが、カルベン炭素に対するπ供与基として働く可能性に着目し、2つのルテニウムユニットを置換基とする、新規カルベンの合成に取り組んできた。これまでの研究により、2核Ruイミド・メチリジン錯体[(Cp*Ru)2(NPh)(CH)]BF4 (1)の低温での脱プロトン化と引き続く捕捉反応により、カーバイド錯体[(Cp*Ru)2(NPh)(C)] (2)の生成を示唆する結果を得ている。本年度は、錯体2の反応性、NMRによる同定、DFT計算による電子状態の解明を行い、求核性と求電子性を併せ持つ一重項カルベンとしての性質を明らかにした。 錯体2の反応性に関しては、CO2およびPh2S=CH2との反応で対応するC-C結合生成物が得られたことから、カルベン炭素が求核性と求電子性の両方を有していることが示された。また、P(OMe)3との反応で、カルベン炭素へとCp*のメチル基との分子内C-H挿入が進行したことも、2がambiphilicな反応性を有していることを表している。 13Cでエンリッチした1をTHF中低温で脱プロトン化し、13C NMRを測定したところ、2のカルベン炭素に帰属されるシグナルが675 ppmに観測された。これによりメタロカルベン2の生成を直接観測することに成功した。 さらに、2のHOMOおよびLUMOのエネルギー準位を、NHCにおける対応する軌道エネルギーと比較することにより、2のカルベン炭素がNHCのカルベン炭素と比べて高い求核性と求電子性を有することが分かった。
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