研究概要 |
従来、ヘテロ原子置換やアシル置換などの特殊な置換基を除けば、遷移金属錯体上でアルキルやアリール置換の内部アルキンのビニリデン転位は進行しないとされてきた。われわれは、アニオン性([Ru(P3O9)(dppe)]-)あるいはカチオン性([CpRu(dppe)]+)ルテニウム錯体上において、一般の内部アルキンからでも二置換ビニリデン錯体が直截形成されることを見出して以来1,2、これを内部アルキンの新しい活性化法として確立するべく、その一般性について検討してきた。今回Cpのアナログであるインデニル配位子を持つカチオン性ルテニウム錯体[(η5-C9H7)Ru(dppe)]+に着目し、内部アルキンの反応を検討した3。インデニル配位子はCp配位子に比べてよいπ-アクセプターであるとともに、柔軟にハプト数を変えることができる。 Gimenoらは、類似のη6-インデン錯体がアルケニル-ビニリデン錯体[(η5-C9H7)Ru{=C=C(H)CR1R2CH2CH=CH2}(PPh3)2]+ (R1, R2 = Ar)を経由すると報告している4。しかしこれまでの研究1,2と上述の結果から本反応では、アルキン錯体[(η5-C9H7)Ru(η2-EtC≡CMe)(dppe)][BArF4] (4)が中間体であると考えられる(Scheme 4)。まず70 °Cでは、内部アルキンのルテニウム-インデニル結合へ挿入、つづくη5-インデニル配位子からη6-インデン配位子へのハプトトロピック転位によって、2と2′が速度論生成物として競争的に形成される。70 °Cを保っている間、2′は逆反応であるβ-炭素脱離によって4を再生し、これにアルキンが逆の位置選択性で挿入し徐々に2へと異性化する。すなわち2と2′は70 °Cにおいては熱力学生成物である。一方130 °Cでは、4のビニリデン転位がアルキンの挿入と競争し始め、より熱力的に有利な二置換ビニリデン錯体3が主生成物となると考えらえる。本反応は温度によって制御される2種類の炭素-炭素結合の形成と開裂を直接観測した非常に珍しい例である。
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