研究実績の概要 |
1.これまでに殆ど研究されていなかった、Ru(III)-ヒドロキソ錯体による基質酸化反応について、反応機構の速度論的解明を行った。5座ピリジルアミン配位子を有するRu(II)-アクア錯体を水溶液中で電解酸化し、対応するRu(III)-ヒドロキソ錯体を生成させた。その結果、基質濃度に対して見かけの速度定数が飽和挙動を示し、基質と酸化活性種との間に、水素結合によるアダクト形成平衡の存在が示された。2,5-ジクロロヒドロキノンを基質とした場合、同位体効果は1.7であることから、水素移動(HAT)が律速過程に含まれることが示唆されたのに対し、酸化電位が低いヒドロキノンなどを基質に用いた場合には、反応速度が大きく同位体効果も示さないため、電子移動(ET)機構で反応が進行するものと考えられる。また、速度定数の対数を電子移動のドライビングフォース(-ΔGET)が大きくなるにつれて、-ΔGET ~ +0.5 eVにおいて、基質反応の律速段階がHATからETへと切り替わることが明らかになった。 2.Ru(V)-イミド錯体による、水溶液中での基質酸化反応を反応速度論に基づいて解析し、その反応機構の解明を試みた。基質酸化反応において、イミド配位子の窒素は、基質に移らずに錯体上に残ることがわかった。2-プロパノールのC-H結合に対する速度論的同位体効果(KIE(C-H))と、溶媒に対するKIE (KIE(sol))は、それぞれKIE(C-H) = 0.92、KIE(sol) = 2.0となり、溶媒のKIEが示された。さらに、水溶性エチルベンゼン誘導体を基質に用いた場合、生成物として1-フェニルエタノールが得られ、KIE(sol)は6.2となり、このイミド錯体は、明確な溶媒のKIEを示すことがわかった。以上の結果から、Ru(V)-イミド錯体と有機基質との反応は、基質からのRu(V)-イミド錯体へのヒドリド移動に付随して、オキソニウムイオンからのプロトン引き抜き反応が起こり、生成物とRu(III)-アンミン錯体が生じることが示唆された。
|