遷移金属錯体を触媒とする物質変換は現代科学において重要な方法論の一つである。従来は貴金属錯体を用いた研究が活発に行われているが、近年、次世代型の安価で低環境負荷な反応の実現に向けて、戦略元素である鉄による貴金属触媒の代替が強く望まれている。本研究課題では、高度に配位不飽和であり広い反応場を有する低配位鉄活性種を開発し、これらによる新しい触媒的物質変換反応を開発することを目的としている。 本年度は、前年度に開発した反応系中で低配位”Fe(CO)2”活性種を発生しうる鉄錯体前駆体を用いた様々なアルケンの水素化反応をまず検討した。一連の検討の結果、”Fe(CO)2”が広い反応場を有することから、貴金属触媒においても一般に困難である、4置換アルケンの触媒的水素化も可能であることを見出した。しかし、これらの触媒は耐性が低く、反応中に触媒の分解に伴う触媒失活が併発することから、触媒活性は不十分であった。そこで、CO配位子と等電子構造であるイソシアニド(CNR)配位子に注目し、これを有する鉄前駆体の合成を行った。これらを用いることで、反応系中で低配位”Fe(CNR)2”活性種とみなせる低配位活性種も発生させることが可能であり、これを利用したアルケンの触媒的水素化へと展開した。その結果、COを持つ類縁体と比べ触媒活性の向上に成功し、例えば4置換アルケンの鉄触媒による水素化では、TON = 100で反応を達成することが可能であることがわかった。対照的に”Fe(CO)2”による同様の反応ではTON = 4であったことから、触媒活性の大幅な向上に成功したといえる。一連の研究において、精密に構造制御した低配位鉄活性種を開発し、触媒として利用することで、貴金属触媒を凌駕しうる触媒反応の開発に成功した。
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