研究概要 |
本年度は、鉄シリル錯体 (CpFe(CO)2Me) を触媒として、二級チオアミド (RHNC(S)R’) とヒドロシラン (Et3SiH) との反応を検討した。その結果、主生成物としてイミン(RN=CHR’) が生成することを見出した。この反応では二級チオアミドの脱硫反応に加えて、水素移動反応が進行していることが分かった。二級チオアミド (RHNC(S)Ph) とCpFe(CO)(py)(SiR’3) との当量反応により、鉄カルベン錯体である CpFe(CO)(=CR(Ph))(SSiR’3) の単離およびX線構造解析に成功した。単離したこの鉄カルベン錯体を触媒として二級チオアミドとヒドロシランの反応を検討したところ、イミンが生成した。これより、鉄カルベン錯体が触媒反応の中間体であることが明らかとなった。これらの実験事実をもとに、以下の触媒反応機構を提案した。真の触媒活性種である16電子鉄錯体 (CpFe(CO)(SiR’3) に二級チオアミドのC=S二重結合部位が鉄に2-配位した後、鉄上のシリル基がチオアミドの硫黄原子に転位してFe-S-Cの三員環錯体が生成する。その後、S-C結合の鉄への酸化的付加が起こり、鉄カルベン錯体が生成する。これらの研究成果はOrganometallics, 2013, 32, 2889-2892に掲載された。 また、鉄シリル錯体 (CpFe(CO)2Me) を用いてチオ尿素 (RHNC(S)NHR) とヒドロシラン (Et3SiH) との反応を検討したところ、カルボジイミドが生成することを見出した。この反応においては、チオ尿素の脱硫反応に加えて、脱水素反応も起こっている。反応機構に関する検討を行い、この反応においてもまずチオ尿素のC=S 結合が鉄中心に2-配位した後、鉄上のシリル基のチオ尿素の硫黄原子への転位、S-C結合の酸化的付加による鉄カルベン錯体が生成の経路により反応が進行することを明らかにした。この研究成果はDalton Trans., 2013, 42, 10271-10276 に掲載された。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
我々の研究室では今までに遷移金属配位圏内でのシリル基転位反応を引き金とした、RC-CN, R2N-CN, RO-CN結合の触媒的切断反応、ならびにホルムアミドのC=O、チオホルムアミドのC=S結合の触媒的切断反応を開拓してきた。これらの結合は強い結合で、通常は切断が困難である。その強い結合を選択的に切断できるのは、遷移金属配位圏内で容易に起こるシリル基転位反応(Silyl-Migration-Induced Reaction;SiMI Reaction)に起因していることを明らかにしてきた。 本研究では、この反応の一般性ならびに適応範囲を調べると共に、遷移金属配位圏という錯体化学、シリル基転位という典型元素化学、そして脱カルコゲン反応という有機化学の融合分野の新たな展開を図った。 今年後は二級チオアミドとの反応においては、強いC=S結合の切断に加えて水素移動反応が同時に進行し、またチオ尿素との反応においては、強いC=S結合の切断に加えて脱水素反応が同時に進行するという新しい反応を見出した。後者の反応で生成するカルボジイミドは脱水剤として広く用いられている有用な化合物である。チオ尿素をカルボジイミドに変換する反応は、工業的には水銀や鉛といった環境負荷の大きい試薬を用いて行われているが、本研究で見出した反応では鉄錯体を用いているので、工業的にも有用な反応と言える。加えて、いずれの場合も遷移金属カルベン錯体が反応中間体となっていることを、錯体の単離、構造解析により示すことができた。従って、当初の目的は十分に達成したと言える。
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