2011年3月に発生した福島第一原子力発電所事故により,大量の放射性物質が環境中へと放出された。事故由来の放射性核種は事故後4年以上が経過した今日においても環境中から検出されている一方で,放出された放射性物質自体がどのような物理的・化学的性状を有していたかは不明な点が多い。本研究では事故直後につくば市の気象研究所で捕集された放射性Csを含む大気粉塵,通称「Csボール」に対して,大型放射光施設SPring-8のBL37XUにおいて縦横1マイクロメートル以下に集光したX線ビームを用い,蛍光X線分析(XRF)による化学組成分析,X線吸収端近傍構造分析(XANES),粉末X線回折分析(XRD)を1粒子レベルで行い,詳細な化学的性状を明らかとした。XRFの結果,CsボールはCs以外にもRb,Zr,Mo,Sn,Baといった様々な重元素を含み,これらは核燃料の核分裂生成物(FP)であると考えられる。さらに一部の試料からは核燃料由来と思われるUも検出された。粒子は燃料およびFP以外にもSi,Fe,Znといった原子炉母材に由来とすると考えられる元素も含有していた。さらにXRFによってCsボールから検出された元素のうち,FP由来と思われるMoおよびSn,母材由来と思われるFeとZnについて,K吸収端のXANESを測定したところ,いずれも高酸化数のガラス状態であることが明らかとなった。Csボールがガラス状態であるとする結果は,XRDでピークが検出されなかったことからも支持された。以上の分析より,事故当時炉内が燃料周辺だけではなく構成物を含めて高温熔融状態にあり,ベントや水素爆発によって大気中へと放出された際に急冷され,ガラス粒子を形成したという放出シナリオが予想された。またガラスは水に対して安定であることから,Csボール中の放射性物質や重元素は環境中に溶出しづらい一方で,長期的な影響を持つことが懸念される。
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