神経堤細胞は発生時期に一過的に現れる細胞集団で、胚内の非常に長い距離を移動する。集団を形成し、維持したまま移動することが重要であることが示されてきた。神経堤細胞は細胞接着を解除することで移動を開始すると考えられていて、生体内においても細胞接着解除に必要な遺伝子が活性化しているため集団移動と相反する事が同時に起こっていることになり、両者がどのように共存するのかが謎であった。これを踏まえ、私は強固な細胞接着を裏打ちする細胞内骨格構造と移動中の細胞集団の膜内を裏打ちする構造に差異があるのではないかと考え、その構造が「ゆらぎ」をもって、必要に応じて可逆的に入れ替わる事で生体内の「場の多様性」に対応しているのではないかと考えた。本領域の研究に参加し、立体狭窄部を集団が通る際に、細胞間接着を完全に解除しないまま集団内に流動性を高めるのにLPA(リゾフォスファチジン酸)シグナルが働く事を明らかにした。これまで、がん細胞の接着が上昇することはがんが転移するのに不利になると考えられて来た。しかしがん転移病理像ではがんが集団で観察されることがある。先のLPA受容体の細胞内コンポーネントの1つであるLPPを阻害した肺がん細胞がN-カドヘリン依存的に細胞塊を形成した。肺にこのLPP減弱がん細胞を移植したところ原発巣に留まらず他肺へと転移した。その機構を調べるとN-カドヘリンの膜外ドメインを切断するMMP-15の転写制御を介してLPPが集団形成を制御している事が明らかになった。肺がん患者の転移病巣検体でもLPPの消失とN-カドヘリンの上昇に関係性があり、集団移動が転移を促進する可能性を示唆した。本研究で得た知見をふまえ、細胞と場や細胞集団の力学的状態の可視化と遺伝子発現やタンパクの可視化を同時に行う事ができれば「ゆらぎ」の包括的理解が進む事が期待される。
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