胚発生時の形態変化においては、生体の内部の自発的な力学的状態の変化が主要な駆動要因である。すなわち、細胞が自発的に自身の力学的状態を変化させることで胚の内部の力学的状態が制御される。本研究では、胚の内部の力学的状態、および、個別の細胞の力学的状態を数理的に推定することを計画した。昨年度においては、胚の内部の細胞の動きの情報を利用して、数理的に胚の内部、および、細胞の力学的状態を推定する方法を構築した。本年度では、この方法で得られる推定結果を利用して、胚の内部、ならびに、個別の細胞の力学的状態を詳細に分析し、形態変化の力学的機構の原理の抽出を試みた。第1に、推定値をもとに、力学的状態を表すいくつかの派生的なパラメータを定義し、各パラメータに対して、線虫(C.elegans)の初期発生の全時間における力学マップを作成することに成功した。すなわち、発生において胚内部がどのような力学的変化を遂げるかが明らかとなった。第2に、上記の力学マップを利用して、細胞の力学的状態と細胞の分化状態との関連性の有無を調べた。その結果、細胞の力学的状態を表すある種のパラメータと、細胞系譜との間に明瞭な関係性が認められた。すなわち、細胞分化は細胞の力学的状態の変化を伴っている。細胞分化が胚の形態変化に力学的に寄与する可能性が考えられる。第3に、マウスの初期胚を用いた推定結果から、細胞間の力学的関係を解析したところ、力学的関係がある数学的な法則によって表現できることを発見した。この法則にしたがって細胞の動きの数理シミュレーションを行ったところ、細胞集団が中腔構造を作った。こうした構造は、胚発生において実際に見られる構造と類似していた。すなわち、形態変化の力学的法則性の抽出に成功した。以上の結果から、本研究で定義した力学的パラメータを、形態変化の力学的機構を記述・説明する新規の指標として提案する。
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