本研究の目的は、マウス気管繊毛の3次元的な運動を高時間分解能・高空間分解能で追跡する事である。また、この3次元トラッキングの手法を光ピンセットと組み合わせることで単一シリアの力学応答を精密測定し、非対称なシリアの運動が流れを生み出し、異物を気管から排出する機構を解明することである。 今年度は、まず鞭打ち運動の定量化をより詳細に行った。ATP濃度が10-100 μMのときの3次元運動について調べたところ、ATP濃度が高くなるにつれて周波数と速度が上昇した。しかし、振幅については変化が殆どみられなかった。一方、カルシウムイオン濃度については10 nMから1μMの範囲で違いを調べたところ、振幅と速度が上昇し、周波数には有意な差がみられなかった。このことから、細胞内カルシウムイオン濃度が上昇すると何らかの機構で細胞内ATP濃度が増加し、その影響で鞭打ち運動の周波数が増加することが示唆された。これは、これまで唱えられてきたカルシウムイオン濃度上昇が直接周波数を増加させるとする説を覆す可能性がある興味深い結果である。 次に、鞭打ち運動をしている繊毛軸糸に力をかけたところ、振幅が制限された状態においても力をかけないときとほぼ同じ周波数で軸糸全体が振動を行うことがわかった。また最大力は軸糸先端の捕捉位置に依存することが示唆された。更に、ヌクレオチド結合状態を変えた測定の結果から、曲がりの原点は有効打が終わった後の位置にあることが示唆された。その他の結果も合わせ、非対称な鞭打ち運動には軸糸が元来もつ曲がった形状が影響しているという仮説を立てている。 今後、気管繊毛の動きに異常がみられるノックアウトマウスから軸糸を単離し、これらの実験を行って、異物排出のメカニズムを更に明らかにしていく予定である。
|