ヒトを含む生物は老化に伴い記憶が低下するが、その分子メカニズムはまだ解明されていない。本研究では、モデル系として寿命が約60日と短く、記憶形成過程におけるメゾ回路がある程度同定されているショウジョウバエの嗅覚記憶を用いてきた。加齢脳におけるメゾ回路機能障害を詳細に解析することで、老化に伴う記憶低下のメカニズムの解明を目的とした。
1.老化に伴う記憶低下の原因となるメゾ回路機能障害の同定: 前年度までにタンパク質合成依存的な長期記憶が加齢に伴い低下すること、またキノコ体神経細胞で見られる長期記憶痕跡の形成が抑制されていることを明らかとしてきた。今年度はその原因の一つとして、老齢脳においてはキノコ体神経細胞とDPM神経細胞とのシナプス結合が低下していることを見出した。また新たな知見として、砂糖などの報酬と嗅覚との連合学習においては老化に伴う記憶低下の度合いが小さいことを明らかとした。
2.加齢脳におけるメゾ回路機能障害に関与する遺伝子群の抽出: 定常状態の若齢脳と老齢脳、また学習後の若齢脳と老齢脳よりRNAを抽出し、次世代シークエンサー(RNA-seq)を用いたトランスクリプトーム解析を行った。それらサンプル間の遺伝子プロファイリングを比較することにより、加齢依存的に発現変化する遺伝子群や学習依存的に発現変化する遺伝子群を抽出した。現在は抽出した遺伝子群を神経細胞特異的に発現量を改変させ、老化に伴う記憶の低下を回復もしくは悪化させるターゲット因子の同定を目指して、トランスクリプトーム解析をベースとした遺伝学的スクリーニングを進めている。
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