研究領域 | メゾスコピック神経回路から探る脳の情報処理基盤 |
研究課題/領域番号 |
25115710
|
研究種目 |
新学術領域研究(研究領域提案型)
|
研究機関 | 東京工業大学 |
研究代表者 |
田中 琢真 東京工業大学, 総合理工学研究科(研究院), 助教 (40526224)
|
研究期間 (年度) |
2013-04-01 – 2015-03-31
|
キーワード | 情報量最大化 / 計算論的神経科学 / 神経回路 |
研究概要 |
情報処理の観点から中枢神経系の回路の機能とその構成原理を明らかにするのが本研究の目的である。25年度は以前構成したモデルを聴覚情報処理に適用して挙動を調べ、神経系の聴覚経路と比較した。 このモデルは多層神経回路によって情報を効率的に表現するような学習を行うモデルである。第一層の細胞は入力の情報をできるだけ効率的に表現するような荷重を持っており、第二層の細胞は第一層と第二層の細胞を合わせたときに一番効率的になるような結合を持つ。情報量の最大化を行う学習が行われていると仮定し、学習の結果このような効率的な表現が出てくるモデルである。以前にこのモデルに視覚入力の例として自然界の写真から切り出した小部分を入力として与えることで、第一層には線分に対する選択性、第二層には平行移動した複数の線分に対する選択性が出現することを報告している。第一層は単純型細胞に類似し、第二層は複雑型細胞に類似した選択性であり、特に第二層の細胞は複雑型細胞に類似した様々な特性(周辺抑制やコントラストによる発火の促進)が見られることがわかっている。 25年度は聴覚入力を同じモデルに与えたときにどのような特性が表れるのかを検討した。聴覚入力は同時に与えられる視覚入力と違って必ず時系列で入ってくるが、音圧の時系列が空間方向に展開されているものとしてヒトの音声データと自然界の音データを使用した。すると、モデル神経回路の第一層には特定のウェーブレットに対応する細胞が出現し、第二層にはこれらの複数のウェーブレットを束にしたものに応答する細胞が出現することがわかった。第一層の細胞は脳幹の神経核において報告されている選択性によく似ていると言える。第二層の細胞に直接対応するような結合はまだ報告されていないが、結合の様子からはある程度聴覚皮質の細胞に対応しうるものが出現したのではないかと考えている。
|
現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
3: やや遅れている
理由
「研究実績の概要」に述べたとおり、以前のモデルに音圧時系列を入力として与えることで聴覚関連領野の細胞に近い選択性を再現することができたと考えられる。しかし今のところ第二層の細胞については結合の構造は実験的に観察される細胞の挙動を説明しうるように思われるものが出現しているが、実験に近い条件でのシミュレーションで実験とよくあう結果が得られていない。シミュレーションの条件や入力の与え方に工夫が必要である。さらに、このモデルでは実際には音圧時系列として与えられるものを空間方向に展開してしまっているため、応答の時間的な変動についても十分に議論することができない。したがって、モデルを時間的な処理も含んだものに改良する必要がある。 また、本研究では中枢神経系の様々な領野を幅広く理解する理論の構築を目指しており、現状では説明できる見通しが立ちつつあるのは感覚皮質のみである。そのため、運動野や海馬についても説明できるような幅広い理論を構築する必要があると考えられる。
|
今後の研究の推進方策 |
今後、主として三つの方面から研究を進めることを計画している。 第一に、現在の聴覚野のモデルを発展させて感覚野についての包括的な理解を得ることを目指す。当面、聴覚系の実験についての情報を収集しつつ、刺激の与え方とシミュレーションのやり方を調整して実験事実をよく説明できるようにモデルを微調整する。さらに、反回回路や時間に依存する素子を導入して時系列入力に対する応答をよりよく説明できるモデルを構築する。 第二に、運動野のモデルを構築する。現在予備的なモデルの構築を開始しているが、低頻度で与えられるパルス状の(時間相関のある)入力をできるだけ効率的に表現する反回回路を最適化によって構築し、運動野の細胞の選択性を説明する。この回路は能動的に出力を生成する回路ではなく、時系列についての情報処理を行う回路だが、この回路によって運動野の細胞の様々な挙動(持続発火による作業記憶、漸増・漸減する準備活動)を説明できると考えている。 第三に、海馬のモデルを構築する。海馬は時空間的な入力に非線形変換を施して発火活動の空間の中に配置していると考えられる。たとえば海馬の機能として想定されているパターンの分離やパターンの補完は、前者は非線形情報量最大化による入力データ間の距離の拡大として、後者はノイズを除去してよりデータの識別性を高めるものとして、説明される。そこで安定固定点を持つ反回回路の平衡状態として海馬の出力を定義し、この回路の出力の情報量ができるだけ大きくなるように学習を進める。現在予備的なシミュレーションを行っており、パターンの分離は生じうることがわかってきている。
|