網膜の機能と構造は、自然状態と異なる網膜試料や光刺激を用いた生理学実験から類推されている。本研究の目的は、過去の生理学知見から網膜の基本的メゾ神経回路の構造を再現した人工眼を構築し、この人工眼を用いて自然視覚環境における網膜機能を、実時間シミュレーション解析することであった。解析は、同時に実施した剥離網膜実験の結果を参照しながらを行い、特に視神経の活動電位の時間パターンやタイミングが、自然画像のどのような特徴をコードしているかに注目しながら行った。人工眼の構築では、本研究室で開発した128x128ピクセルの脳型人工網膜を応用し、高速フレームサンプリングおよびFPGAを用いた準並列計算により、視神経のスパイク発火タイミングを、数ミリ秒の精度で計算が可能な脳型人工網膜を完成させた。この人工網膜は、網膜の視神経以外の緩電位応答波形をアナログ集積回路(シリコン網膜)とFPGAを用いて計算し、かつ神経節細胞の活動電位のタイミングを画像サンプリング間隔データを補完する形で2ミリ秒程度の揺らぎ精度で再現する。脳型人工網膜の回路パラメータを決定するために、剥離網膜を用いた生理学実験も行った。人工網膜を用いて動的な自然画像を実時間処理し、入力画像と人工網膜の各細胞の応答を直接比較する実験を行なった。また人工網膜の出力を、超並列神経回路シミュレータ、SpiNNakerに接続し、一次視覚野応答も再現できるようにした。この上で人工網膜を、眼球運動制御装置に組み込み、眼球運動下での網膜細胞応答を予測する実験を行った。これらの実験から、網膜内網状層にはサッカードなどの急速眼球運動に伴う過去の画像の”残像”を打ち消すために、水平方向に一過性の強い非線形抑制が必要であることが示唆された。さらにこの人工網膜を、実時間で画像中の特徴量を追跡するロボットビジョンへ応用した。
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