Wntシグナルは、増殖、分化、生存など様々な細胞の活動を制御する能力を有する多機能なシグナル伝達経路である。私たちは、本研究において、生体内の多様な状況におけるWntシグナルの制御機構を明らかにし、これにより、Wntシグナルの多機能性を支える分子基盤を解明したいと考えている。 本年度は、昨年度に発見した「タンパク質リン酸化酵素Hipk2とタンパク質脱リン酸化酵素PP1cによるDvlタンパク質の脱リン酸化」の制御と意義をさらに詳細に解析した。まず、Dvlのtruncated mutantを用いた生化学解析により、PP1cがDvlのC末端領域に存在する保存されたSer/Thr残基を脱リン酸化することと、この脱リン酸化はHipk2の存在下でのみ起こることを発見した。昨年までの研究により、Hipk2あるいはPP1cを機能阻害したヒト培養細胞およびゼブラフィッシュ胚では、Dvlの過剰なリン酸化が起き、過剰なリン酸化状態のDvlを特異的に分解する酵素であるItchによって認識されて分解されてしまい、結果として細胞がWntシグナル伝達能を失うことがわかっていた。今回発見したDvl脱リン酸化部位をアラニンに置換した変異体(恒常的にHipk2-PP1cに脱リン酸化された状態のDvlを模倣する変異体)を作成し、ヒト培養細胞およびゼブラフィッシュ胚に発現させたところ、Hipk2やPP1cを欠損させてもItchによる分解を受けず、Wntシグナルが正常に伝達されることが確認できた。つまり、Hipk2-PP1cによるDvl脱リン酸化がヒト細胞及びゼブラフィッシュ胚におけるWntシグナル伝達を支えていることを確認することができた。本成果は、昨年度までの成果とあわせて論文とし、Cell Reports 誌において発表した。
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