これまでの光環境応答の研究は、その生理応答との関係から、主に核における遺伝子発現制御の視点で進められてきた。本研究では、光合成反応の場である「葉緑体」でも何らかの光刺激を受容している可能性があるとの仮説に立ち、葉緑体の自律的な光環境応答と葉緑体から核への情報伝達経路の解析を中心に行うことで、「植物細胞場」の視点に立った新しい「植物の光環境感覚」像の理解を目的とする。特に、葉緑体内で光応答に関わるとされているCSK(Chloroplast Sensor Kinase)の役割に着目し、葉緑体における光認識と、それに依存したシグナル伝達のメカニズムの解明を目指した。 シロイヌナズナのCSKは、光合成電子伝達鎖のプラストキノンプールのレドックス状態に依存して、葉緑体ゲノムにコードされた光合成遺伝子の転写を調節すると考えられている。しかしながら、光化学系I、IIを構成するタンパク質は葉緑体ゲノムのみならず、その約半数は核ゲノムにもコードされているため、葉緑体内における光環境の変化に応じた核コードの光合成遺伝子の発現制御にもCSKが関与している可能性が考えられた。野生株とcsk欠損変異株を様々な波長・強度の光条件下で生育させ、光合成に関連する核遺伝子の発現を調べた結果、一定時間PS II light(光化学系IIを優先的に活性化する)で馴化させた後に、PS I light(光化学系Iを優先的に活性化する)に置換した場合に、光化学系IIを構成するPSBO、PSBW、PSB27の転写量が野生株では増加した一方で、CSK欠損株では減少していた。この結果は、光化学系I、II間の量的・機能的なバランスを取るために、CSKがプラスチドシグナル伝達経路を介した核コードの光合成遺伝子の発現制御に関与している可能性が示唆された。
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