MAPK p38はドッキング配列を有するMK2などの基質をリン酸化することで、各種のストレス下における細胞応答を担う。これまでの研究でドッキング相互作用が基質リン酸化部位とは離れた位置で結合親和性を担うことは明らかであったが、ドッキング相互作用により活性中心での反応複合体の形成が自発的に誘起されるのか否かは明らかでなかった。そこで溶液NMR法を用いて、ドッキング配列とリン酸化部位を含むMK2由来のモデル基質とリン酸化された活性化状態のp38との結合を立体構造的に解析した。その結果、ATPなしの条件ではp38のドッキング部位のシグナルが顕著な化学シフト変化を示す一方、基質リン酸化部位周辺のシグナルはペプチド添加による影響を受けないことが判明した。このことはATPなしの条件ではドッキング相互作用は起こっているものの、基質リン酸化部位は活性中心に結合せず反応複合体が形成されていないことを示している。一方、ATP存在下で同様の実験を行うと、ドッキング部位のみならず基質リン酸化部位も化学シフト変化を示し、基質リン酸化部位は ATP 結合状態のp38の活性中心にのみ結合することが示された。よって、ドッキング相互作用は反応複合体の形成と等価ではなく、結合部位がより深い位置にあるATPの結合を優先させることで、反応複合体の形成効率を高めていると考えた。独自の研究で明らかにしていたドッキング相互作用によるATP親和性、反応速度のアロステリックな増大と考え合わせると、ドッキング配列を含む基質は広いATP濃度で優先的かつ安定的にリン酸化されることになる。ストレス条件下ではATP濃度が低下するなど生体分子の細胞内濃度大きく変化することが知られている。ドッキング配列によるアロステリックな活性増強は、ストレス刺激に伴いATP 濃度の低下する条件においても、p38シグナリングを維持する巧妙な機構である。
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