脳神経系の形成・発達過程を制御する環境要因の解明は、脳神経医学の重要課題の一つである。「出生」(=母親から生まれ出ること)は哺乳類の生涯で最も劇的な環境の変化である。この急激な環境の変化に対して新生仔の脳神経系は対応を迫られることは想像に難くないが、出生が脳神経系の形成過程に及ぼす影響はあまりわかっていなかった。そこで本研究では、マウス大脳皮質の体性感覚野を用いて脳神経系の形成過程における出生の機能的意義を検討した。その結果、出生がマウス大脳皮質の体性感覚野における神経回路の形成開始を制御していることを見いだした。具体的には、マウスを人為的に早産で産ませると体性感覚神経系の形成も早まったのである。おもしろいことに体性感覚神経回路の形成時期と同時期に見られるヒゲ傷害バレル可塑性の臨界期終了時期は早産により影響を受けなかった。この結果は、出生が選択的に体性感覚神経回路の形成開始を制御していることを示唆している。さらに出生の下流に位置する形成開始制御メカニズムの検討を行い、出生直後に脳脊髄液中のセロトニンの濃度低下が生じること、セロトニン濃度低下が出生と回路形成とをつなぐメカニズムであることを見出した。また体性感覚系以外にも出生により制御されている神経回路を探索した結果、視覚系の神経回路形成も出生及びセロトニン低下により制御されていることを見出した。本研究の結果、出生が回路形成を制御する重要な要因であることが明らかとなった。
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