神経幹細胞及びそれから分化・産生されるニューロン、アストロサイト、オリゴデンドロサイトは、脳神経系を形成する主要な細胞種である。近年、DNAメチル化やアセチル化を含むヒストン修飾などによるエピジェネティクス機構が、これら細胞の機能発現に重要であることが明らかにされつつある。我々は以前に、抗てんかん薬かつヒストンアセチル化酵素(HDAC)阻害剤であるバルプロ酸が、神経幹細胞からニューロンへの分化を促進できることを示した。またこの作用を利用して、神経幹細胞移植とバルプロ酸投与の併用により、新しくニューロンを補充することで、損傷脊髄の機能を改善させる新規治療法の報告も行った1。しかし、バルプロ酸には良い作用ばかりがあるわけではなく、例えば、バルプロ酸を服用した妊婦てんかん患者の産児においては記憶障害が認められている2。そこで我々はこの問題解明に神経幹細胞の増殖・分化制御の観点から着手した。妊娠マウスにバルプロ酸を経口投与したところ、胎仔脳内におけるヒストンアセチル化が亢進し、神経幹細胞からニューロンへの分化が促進されることが分かった。その結果、本来ならば維持されているべき神経幹細胞数が減少し、成体海馬におけるニューロン新生が減少することを見出した。さらに、胎仔期バルプロ酸曝露成体マウスでは、おそらくこの海馬神経幹細胞数減少が原因と推察される学習記憶障害が観察された。また、成体海馬ニューロン新生を促進することが知られる自発的運動をバルプロ酸暴露マウスに行わせたところ、実際に海馬におけるニューロン新生が亢進するとともに、学習記憶障害の一部を改善できることがわかった。以上の結果は、胎仔期のエピジェネティック撹乱は晩発性に悪影響を及ぼすこと、しかしそれは改善できる可能性があることを示唆している。
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