近年、生殖細胞において特異的に発現し、減数分裂における染色体動態を制御すると考えられてきた分子が、体細胞である癌において異所性に発現することが報告され、その特異的な発現パターンから「癌精巣抗原」と呼ばれている。これらの分子の減数分裂における役割については分かっている部分も多いものの、体細胞で異所性に発現した場合の生物学的影響については、十分に明らかにされていない。本研究では、癌精巣抗原が体細胞における染色体不安定性の誘導に果たす役割の解明を目指す。 癌精巣抗原の1つである減数分裂特異的シナプトネマ複合体形成分子SYCP3は、体細胞において発現すると、遺伝性癌抑制遺伝子産物BRCA2と複合体を形成して相同組換え修復によるDNA二本鎖切断修復を阻害して染色体不安定性を誘導する。SYCP3がBRCA2との複合体形成を介して相同組換えを抑制する機序について検討をするために、今年度は、多数のBRCA2の欠失変異体を用いてSYCP3との相互作用部位を絞り込み、BRCA2のN末側とC末側の2箇所の200bp以内の領域を同定した。さらに、直接結合の有無を検討するために、SYCP3およびBRCA2の組換え蛋白の作製を進めた。 別の減数分裂特異的シナプトネマ複合体形成分子であるSYCE2も、乳癌細胞や造血器腫瘍で異所性に発現する癌精巣抗原である。SYCE2の体細胞における強制発現実験や、癌細胞における発現抑制実験の結果から、SYCE2が体細胞では染色体数の異常の頻度の増加やDNA損傷抵抗性を誘導することが示唆され、その分子機序を検討した。SYCE2発現細胞においては、放射線照射後のATMのSer1981の自己リン酸化の亢進が見られ、53BP1やRAD51のDNA損傷付与時の核内フォーカス形成も亢進していたことから、SYCE2の発現によりATM依存性のDNA損傷応答が活性化し、DNA二本鎖切断修復も活性化していることが示唆された。
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