多細胞による器官形成では、細胞は周囲の情報を感知しつつ所定の場所に移動する。または、神経細胞のように周囲の情報に基づきながら突起を適切な方向に伸ばすことで脳という器官が形成される。このような細胞による「周囲の情報に基づく方向決定と実際の細胞運動」はマクロな器官形成のための素過程として重要であるが、未解明な点が多い。これまで細胞移動・運動の意思決定問題について多くの研究がなされているが、ほとんどが生化学的な局所活性と広域抑制に基づくものである。本研究課題では、生化学以外の物理量である膜電位と力も生物学的シグナルと捉え、細胞移動・運動をこれら多元的変数からなる定量数理モデルで説明することを目的とする。
モデル化する対象は神経成長円錐の運動であり、軸索の伸長方向が膜電位によって決まる現象を多元的要素(膜電位、力、形、分子)のシステムとして説明する。前年度では、膜電位の伝搬が分子拡散に比べて圧倒的に高速であることを利用し、膜電位による広域情報伝達のモデルを定式化した。膜電位と力に関する物理量を統合した形態形成の基本モデルをバネ・ダンパからなる多角形で構築した。26年度では、(1)細胞変形による力場モデルの再考、(2)基質との接着モデルの改善、(3)動的モデルへの発展、を中心に行った。(3)の動的モデルとは、動く細胞に一般的に見られるランダムな変形に基づく探索運動を意味し、前年度のモデルが静的な条件では盛り込まれていなかった。上記改善項目を終え、成長円錐がランダムに変形しながら伸長方向を決める様子、およびその方向が膜電位によって変化する現象を再現することができた。モデルとしては非常にシンプルであり、その原理も方向決定が分子ではなく機械的力によって決まることが示された。
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