1. ショウジョウバエ脳神経系の性決定遺伝子fruitless(fru)に着目して、この遺伝子から産生される転写因子Fruが、fru発現ニューロンの一群に雄の特徴を形成し、それによって雄の性行動を形作る機構の一端を、分子及び細胞の視点から解明した。昨年度までに、fruと遺伝学的に相互作用する遺伝子としてlolaを特定しており、この遺伝子から産生されるスプライシング派生体の一つ(Lola29M)がFruタンパク質のバインディングパートナーとして働き、fru発現神経クラスターの一つ、mALを雄化することを示唆する結果を得ている。一方、本年度は、Fruが産生されない雌の脳神経系において、Lola29Mの切断によって雌特異的に産生される、N末端側の構造を欠く小さい産物(Lola29F)に着目し、その機能を解析した。Lola29Fを雄のfru発現神経クラスターに異所的に発現させたところ、当該ニューロンが脱雄化(雌化)した。また、Lola29Fの産生は、Fruタンパク質を雌のfru発現ニューロンに異所発現させた場合に抑制された。Lola29Fはfru発現ニューロンを雌化する機能を有しており、雄ではFruがLola29Mに物理的に結合することによってその産生を抑制し、それによってニューロンを雄化することが示唆された。転写因子Fruが、転写制御以外の機能を持つことを示唆する初めての結果である。 2. 上記の仕組みによって細胞自律的に性運命を指定されたニューロンが、性に特有の神経突起を形成する際の細胞間相互作用についても解析した。食道下神経節(性フェロモンの受容に関わる部位)に雄特有の神経突起をもつ三つのfru発現クラスター(mAL、mcAL、vAB3)に着目して、それぞれの神経クラスターを異なる蛍光物質で標識するBrainbowシステムを用いて、当該神経クラスターが相互に神経突起を誘導し合うことが示唆された。細胞自律的に細胞の性が決まるとされる昆虫類において、細胞非自律的なプロセスの関与を示唆する初めての結果である。
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