本研究の目的は、光格子中に捕捉された個々のイッテルビウム(Yb)原子を観測できる「量子気体顕微鏡」を構築し、これを利用して新奇な非平衡現象を探索することにある。昨年度、我々は、世界で初めてYb原子に対する量子気体顕微鏡を実現することに成功した。そこで平成27年度は、光格子中で発現する各種基底状態量子相を量子気体顕微鏡を用いて直接観測することを目指して実験を行った。まず我々は、伝統的な飛行時間法を使って、光格子中で超流動-Mott絶縁体転移が誘起される様子を確認した。具体的には、光格子の深さを増すにつれ、原子波干渉が消失していく様子を観測することに成功した。次に、生成されたMott絶縁体相を、量子気体顕微鏡を用いて直接観測することを試みた。基底状態量子相を観測するためには、各サイトにおける原子の有無だけでなく、原子数そのものを判定する必要性がある。実際には各サイトの原子数は多くても2個程度であるため、原子数の偶奇を見分けることができれば目的を十分達成することができる。我々は、光格子中の原子に対し、光会合を誘起するレーザーを照射することで、この目的を達成することにした。Mott絶縁相にある原子気体に対して光会合光を照射した後、量子気体顕微鏡を使って原子気体の直接観測を行ったが、Mott絶縁体相特有のMott shell構造を確認するには至らなかった。Mott shellを観測するためには、光格子系の温度が1nK程度にまで下がっている必要性がある。光格子系の加熱レートを別途実験的に評価したところ、およそ30nK/secであることが判明し、上記した超低温度下における観測を実行することが難しいことが判明した。今後、系の加熱を誘起している各種ノイズを抑圧することで、基底状態量子相の直接観測が可能となり、クエンチに代表される非平衡現象を対象とした実験が可能になるものと考えている。
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