魚類表皮ケラトサイト(keratocytes)は、おうぎ型の“かたち”を保ったまま基質上を這う遊走細胞である。細胞の移動は剛体の移動とは異なり、前端が伸長し後端が退縮する形態変化を絶え間なく繰り返している。この絶え間ない形態変化のなかでおうぎ型を保ち続けるためには、細胞全体で伸長と退縮のバランスが保たれていなければならない。細胞前端に注目すれば、“中央の伸長速度が最大で両端が遅い速度勾配を保つことでおうぎ型が維持されている”といわれている(Graded Radial Extensionモデル)。この伸長速度勾配ができるメカニズムは全く分かっていなかった。 細胞前端の伸長速度はアクチン重合速度とアクチンレトログレードフロー(ARF)速度の差として計算される。我々は、異なる種の魚からそれぞれケラトサイトを採取し、その形状および運動の分子メカニズムを詳細に比較した。ブラックテトラから採取した丸いケラトサイトは、伸長速度勾配が大きく、またARF速度勾配が大きく、ストレスファイバの収縮による基質牽引力が小さかった。一方、シクリッドから採取した横長のケラトサイトは、伸長速度勾配、ARF速度勾配はいずれも小さく、ストレスファイバの収縮による基質牽引力が大きかった。さらに、シクリッドのケラトサイトのストレスファイバを人為的に切断すると、切断部でレトログレードフロー速度が上昇し、細胞のかたちもブラックテトラのケラトサイトのように丸くなった。これらの結果は、ケラトサイトの“かたち”形成において、ストレスファイバが、牽引力を介してARF速度を調節することにより、伸長速度勾配を生み出していることを示唆している。
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