研究領域 | ゆらぎと構造の協奏:非平衡系における普遍法則の確立 |
研究課題/領域番号 |
26103527
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研究機関 | 学習院大学 |
研究代表者 |
西坂 崇之 学習院大学, 理学部, 教授 (40359112)
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研究期間 (年度) |
2014-04-01 – 2016-03-31
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キーワード | 滑走運動 / 集団運動 / フラボバクテリウム・ジョンソニエ |
研究実績の概要 |
本研究では、バクテリアの集団の動きに着目する。当研究室では2013年に、寒天上に高濃度でスポットしたバクテリア(フラボバクテリウム・ジョンソニエ、Flavobacterium johnsoniae)が広がる際、バクテリアの集団が左向きの巨大な渦状(うずじょう)に回転しながら特徴的なパターンを形成することを見出した。個々のバクテリアは見かけ不規則な運動を行うにも関わらず、集団においては、ミリスケールの自己組織化を行うのである。 そこで本研究課題では、バクテリアを材料とし、申請者のグループが見出した異方性のある回転渦運動の本質について徹底的に探究する。「渦の回転」のみならず、「1個体のバクテリアの運動」、さらには「1個の接着蛋白質の運動」について、最先端の光学顕微鏡技術で画像化・解析することによって、すべてのスケールにおける運動の特性を詳細に定量化し、集団における特徴的な運動が生み出されるメカニズムを明らかにすることを目的としている。 これまでの研究実績としては以下の2点である。①ジョンソニエが再現性良く渦形成を行う条件の徹底的な検討。栄養素を含まない寒天培地上において、数百万匹のジョンソニエが不規則に広がる際、特定の条件下において、一見すると方向性を持たないランダムな動きが(接触面をバクテリア側から見て)反時計回りの集団回転運動へと転移する。寒天濃度・湿度・温度といった基本的なパラメータを網羅的に調べることによって、渦形成の再現性にもっとも影響する条件が、バクテリアが広がる際の環境温度、および安定した湿度であることが見いだされた。寒天乾燥時の条件は、渦形成の可否を決定的には決めず、むしろ1個の渦の最終的なサイズに影響する。②別の種のバクテリアである Mycoplasma mobile のゴーストの運動を詳細に解析し、科学史上初めて滑走バクテリアのステップ状運動を発見した。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
1: 当初の計画以上に進展している
理由
生物試料、特にバクテリアのようなシステムとして複雑な個体、さらには集団を対象とした研究課題においては、実験の再現性が研究そのものの質を決定すると言っても過言ではない。初年度において、渦が再現する条件を徹底的に検討し、安定して結果が得られる段階まで研究が進んだことは予想外の進展である。当初の計画では、一匹の状態を観察した上で集団の振る舞いの最適条件を絞り込む予定であったが、そのプロセスが安定した温度の実現によりまとめてスキップできたことになる。今後は渦の評価、および個体・接着因子レベルでのメカニズム解明に集中できることになった。まだ未知のパラメータが渦形成の条件として見落とされているという可能性は完全には否定できないものの、バクテリアが広がる際の環境温度(わずか1℃の温度差で渦が形成されなくなる)が重要であることが見いだされたことは、研究全体の進展を考えた上でたいへん意義深い。
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今後の研究の推進方策 |
本課題の核心である、渦状の運動の定量的な評価を試みる。現在までに、再現性良く渦を発生させる条件は見つかっているものの、渦のパターンは幾つかの中間的な状態に分類され、必ずしも一様ではない。基本的には左回転の渦が、右に転移したり、あるいはより大きな渦に吸収されるなど、さまざまな挙動を示す。振る舞いのカテゴリーを明確にしたうえでそれを記述できるパラメータを決定していく。同時に、渦の中に組み込まれている個々のバクテリアの運動も追跡し、集団行動の基本単位も決定していく。 渦状のパターンは、バクテリアを寒天培地にスポットしたのち、24-40時間で形成され始める。この後にも数時間、場合によっては数日の観察が必要なため、これだけの時間で安定して撮影できる顕微鏡システムを構築する必要がある。自動でフォーカスを調整する機能を有した、超安定性光学システムのノウハウは申請者のグループに蓄積されており、これを改良してジョンソニエの観察に特化した観察手法を改めて検討する。 加えることのできる摂動としては、基板となる寒天培地の剛性(柔らかいものほど渦の直径が大きくなる)、変異体の菌体、栄養の有無などであるが、これまでの知見から、運動子および一匹一匹の挙動の特性は明らかになっているため、パラメータと摂動条件を対応させることは容易であると期待される。この点こそが、本課題の独自性かつ強みである。 (2)シミュレーションによって渦の再現を行う。これまでのモデルでは運動する素子は一方向に動くため、方向そのものが可変であり方向転換が許されるという条件は含まれていなかった。ジョンソニエにおいては、この特性が従来のリニア分子モーターとはまったく異なるものであり、方向性の整流という新しい概念が加わった極めて興味深いモデルが構築できると期待できる。
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