研究領域 | 理論と実験の協奏による柔らかな分子系の機能の科学 |
研究課題/領域番号 |
26104511
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研究機関 | 東京工業大学 |
研究代表者 |
櫻井 実 東京工業大学, バイオ研究基盤支援総合センター, 教授 (50162342)
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研究期間 (年度) |
2014-04-01 – 2016-03-31
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キーワード | ABCトランスポーター / ATP / 水 / 自由エネルギー / 熱揺らぎ / MDシミュレーション |
研究実績の概要 |
1)粗視化モデルによるglobal motionの解析 エクスポーターの一つであるMsbAに対しelastic network modelを適用し、overdamped limit 条件のもとでランジュバン運動方程式を解き,系の緩和ダイナミクスを追跡した.その結果、nucleotide binding domain (NBD)にATPを一つの仮想nodeとして付加すると、transmembrane domain (TMD)に内向きから外向きへの運動が誘起されることが判明した.また得られた外向き構造に対し,ATPのnodeを取り去り(加水分解に相当)と,内向き構造に戻った.以上の解析により,内向き⇔外向き構造変換経路の概要が明らかとなった. 2)拡張サンプリングMD計算によるNBD二量体化過程の自由エネルギー地形 マルトーストランスポーターの2つのNBDドメイン(MalK)を対象にして、オープン状態からクローズ状態(2量体状態)への変換経路をconventional MD計算とaccelerated MD計算により調べた。ATP結合状態と非結合状態について自由エネルギー地形を評価し比較検討したところ、NBDの2量体化はinduced-fit型の構造変化であることが明らかとなった。 3)NBD二量体化過程の熱揺らぎと水の効果 好熱性細菌由来のNBD (MJ0796) の二量体化過程を、タンパク質の構造を固定してinterface間の距離を離した場合と、targeted MDを用いてタンパク質構造の揺らぎを考慮しながらinterface間距離を変化させた場合のそれぞれについて、3D-RISM計算を行うことにより水を含む系全体の自由エネルギーや水和熱力学量を評価した。その結果、static系では80.2kcal/molもの高いエネルギー障壁が生じたが、dynamic系ではこのような障壁はほとんど消失した。この結果は、分子間相互作用が起こるために熱揺らぎが必須の役割を果たしていることを示す初めての例である。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
本研究では、主としてABCトランスポーターを取り上げ、その薬物輸送メカニズムにおけるATPと水の役割は何か、induced-fitかconformational shiftか、アロステリー経路などの問題を自由エネルギー地形から解明することを目的としている。 H26年度においては、粗視化モデルに基づく計算により、ATP結合によって誘起されるNBDの運動がTMDに伝わり、TMDの内向きから外向きの運動が起こることを実証した。言い換えると、NBDとTMD間のアロステリックコミュニケーションの存在を実証したことになり、目標の一つを達成したといえる。 また、MalKをターゲットにした研究では、all-atom計算によりNBD間相互作用自由エネルギー地形を得ることに成功した。また、この地形のATPの有無の場合の比較から、ATP結合がinduced-fitを引き起こして、NBDの二量体化が起こることを示した。 さらに、当初の計画には入っていなかったが、タンパク質-タンパク質間のドッキングには熱揺らぎ(まさに柔らかさ)が必須な役割を果たしていることを実証し、本新学術領域に貢献できた。
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今後の研究の推進方策 |
1)粗視化モデルによる計算を、エクスポーターのみならず、X線構造の報告されているインポータやダイニンなどの他のATPタンパク質にも適用し、NBDと機能ドメイン間のアロステリーについて研究し、共通のメカニズムがあるかどうか調べる。 2)H26年度の研究で、MalKの二量体化過程でATP結合部位に水が浸入することが見出された。本年度では、ATPとこの水を含む系に対しab initio MD計算を実行し、ATPの加水分解メカニズムを調べる。 3)MalKのinduced-fit運動のトラジェクトリーに対し3D-RISM計算を実行し、水の効果を調べる。 4)NBD以外のタンパク質-タンパク質会合系に対して、熱揺らぎや水の効果を調べる。具体的には、barnase-barstar系などをターゲットとする。
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