タンパク質と水の相互作用などを実験的に検出するための一手法群として,振動分光は広く利用されており,その正しい解析のために不可欠な,スペクトル上の特徴と分子間相互作用・構造・ダイナミクスを関係付けるための理論的基盤が,構築されつつある。しかし,現在の計算の枠組みに不十分な点があることが明らかとなっており,改良を続行する必要がある。 平成27年度には,アミドⅡモードの赤外強度に対するペプチド鎖2次構造と水和の効果を,前年度に引き続いて解析した。その結果,(1) この赤外強度は,2残基以上連続してC5構造をとるペプチド鎖について特に増大するが,これは主としてC5リングのH...Oを通じたペプチド基間電荷フラックスに由来すること,(2) 一方,この赤外強度はαヘリックス構造をとるペプチド鎖については減少するが,これは水素結合を形成するペプチド基間の静電分極の効果に由来すること,また減少した赤外強度の値 (170 km mol-1) は実測値と良く合致すること,(3) この赤外強度に対する水和効果は,水分子の角度位置に依存して増大/減少を起こし,これは分子間電荷フラックスと分極効果の有無によること,(4) C5構造をとるペプチド鎖どうしが水素結合してシートを形成するケースや,C5構造をとるペプチド鎖が水分子と水素結合を形成するケースでは,水素結合の分極効果による赤外強度の減少に比べて,C5リングのH...Oを通じたペプチド基間電荷フラックスによる赤外強度の増大のほうが大きいこと,を明らかにした。 これにより,前年度に得られた結果と合わせて,アミドⅠ・Ⅱモードからペプチド鎖の構造・ダイナミクスに関する,従来より詳細な情報を引き出す指針を得ることができた。 関連して,類似した振動モードをもつ混合溶液系の解析も実施した。ペプチドの振動スペクトルの特徴を,俯瞰的に理解することができる道標を得る一助となった。
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