本研究では「柔らかな分子系」ならではのトリプレット機能を見出すことを目指した。特に本年度は「分子の集合化により“柔らかさをスイッチング”し、トリプレットの挙動を動的に制御できないだろうか?」という発想のもと研究を行った。関連する現象として、分子が凝集することで発光挙動をスイッチングするaggregation-induced emission (AIE) に関して近年多くの報告があるが、ほとんどは励起一重項を対象にしている。一方我々は最近、三重項が関わる現象、特に三重項-三重項消滅 (TTA) を経るフォトン・アップコンバージョン (UC) を分子集合系へと展開している。今回は分子の凝集化によりTTA-UC発光をスイッチングする現象 (aggregation-induced photon upconversion; iPUC) を初めて見出した。 発光分子として、今回のコンセプトを明確に示すため、典型的なAIE分子であるシアノ基修飾オリゴフェニレンビニレンを用いた。三重項増感剤とこの発光分子を溶液中に共存させたが、全くTTA-UC発光は観測されなかった。一方、この溶液をキャストした結晶状態では明確にTTA-UC発光が観測された。 本新学術領域における共同研究において、このiPUC現象のメカニズムを理論計算により明らかにした。溶液中では発光分子のT1状態がC=C結合のねじれを伴い安定化する過程で、S0状態のエネルギー曲線と交差し、速やかに基底状態へと失活する。一方、結晶状態ではこのような大きな結合のねじれが抑制されるため、トリプレット(T1状態)の寿命はTTAを起こすのに十分なほど長くなる。すなわち溶液系から結晶系へと「柔らかさをスイッチング」することで、トリプレットのエネルギーランドスケープを制御し、iPUC現象の発現に繋がった。
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