研究領域 | 理論と実験の協奏による柔らかな分子系の機能の科学 |
研究課題/領域番号 |
26104538
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研究機関 | 分子科学研究所 |
研究代表者 |
倉重 佑輝 分子科学研究所, 理論・計算分子科学研究領域, 助教 (30510242)
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研究期間 (年度) |
2014-04-01 – 2016-03-31
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キーワード | 有機金属複合体 / 励起状態計算 / 分子集合体 / 金属錯体 / 光反応 / 電子相関理論 / 多参照理論 |
研究実績の概要 |
凝縮重電子系複合体に対する応用研究と、そのための理論開発を行った。理論開発ではまず、大規模な分子系の多参照電子状態計算を可能にするためのresolution of the identity(RI)法による積分変換の高速化を行った。本研究対象の凝縮重電子系複合体の解析には分子間の相互作用を精密に調べるため、最低でも数百原子からなる2量体モデルの多参照電子状態計算が必要となる。基底関数としては千基底を超える計算となるため電子相関理論では原子軌道基底から分子軌道基底への積分変換が一つのボトルネックであったが、RI法の実装によりこのボトルネックを解決することが出来た。次に、これを用いた複合体間の相互作用としてフォン・ノイマンエントロピーに基づく分子間の量子もつれを計算した。分子間の量子もつれは、共有結合を介した分子内の量子もつれに比べて小さいことが確認された。この場合、密度行列繰り込み群を用いた対角化は次元の大きさによらず非常に効率的に計算実行可能である。一方で、炭素π共役分子配位子を有する有機金属複合体については金属配位結合を介した量子もつれは両者の中間的な大きさを持つことが分かり、密度行列繰り込み群を用いた対角化においては比較的大きな繰り込み基底が必要となることが分かった。また応用研究ではサンドイッチPd錯体の吸収スペクトルの解析を行った。ジフェニルポリエンやカロテノイドを用いて複数のPd原子を挟んだサンドイッチPd錯体においては、配位子のπ共役分子と同様に大きな吸光度をもつ光吸収が観測され、吸収波長は挟まれたPd原子の数によって大きく変化する。この実験事実から同錯体の光吸収にはPd原子が関与することが予想されるが、実際にこれを多参照電子状態理論と時間依存密度汎関数理論により解析を行い光励起状態同定とその性質を電子論的に解析することに成功した。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
目的である対象分子系の解析を進めると共にその理論計算のために必要な理論開発の遂行を行うという今年度の計画は予定どおり達成できた。開発においては密度行列繰り込み群による巨大配置間相互作用空間での対角化、resolution of the identity(RI)法による高速な積分変換に加えて、キュムラント展開を利用した新たな近似法による高次縮約密度行列の計算にも目処がつけられ、凝縮重電子系複合体のように大規模な分子を取り扱うための多参照電子状態理論の開発はこれで完了する。応用研究においてもサンドイッチPd錯体の光励起状態の解析を達成するなど予定どおりに研究が進められた。
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今後の研究の推進方策 |
前年度に開発した、キュムラント展開近似を利用した大規模分子系計算のための密度行列繰り込み群多参照電子相関理論(cumulant-DMRG-CASPT2法)などの高精度電子状態理論を用いて、凝縮重電子系複合体の励起状態計算を進める。前年度にサンドイッチPd錯体の解析では平衡構造からの垂直励起の計算を行ったが、光異性化反応を理論的に解析するためには垂直励起直後の構造変化を追跡する必要があり、これを達成するためには構造変化を効率的に追跡するための構造変化に対するエネルギー解析微分法を用いる事と、構造変化の自由度を反応座標に関与するもののみに絞るなど可能な限り小さくする方法がある。解析の対象とする現象は面配位する分子の反転のように多くの自由度が関与する異性化の追跡の前に、関与する自由度が比較的すくないと考えられる面配位子の一方向スライドや一次元Pt錯体の配位子回転の光反応とする。一次元Pt錯体の光反応では、光吸収により励起一重項(S1)状態が生成した後に重原子効果によるスピン-軌道相互作用により高効率な項間交差を経て三重項(T1)状態へと遷移し、そこからリン光を発光すると考えられる。重原子効果はスピン-軌道相互作用を大きくする必要条件の一つであるが、他にも重原子軌道が状態遷移に関与すること、またその状態遷移に関与する重原子軌道の角運動量がことなることがスピン-軌道相互作用を大きくするには必要である。しかし、一次元Pt錯体の基底状態平衡構造においては重原子軌道が状態遷移に関与するものの、それは同じ角運動量の軌道であり光吸収後にPt金属中心近傍での構造変化が起こることが可能性の一つであり、これを理論的に解析する。
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