公募研究
宇宙空間において普遍的に観測される未同定赤外バンド(UIRバンド)は、多環式芳香族炭化水素またはそれに関連する有機物物質によって担われる放射だと考えられている。しかしながら、UIRバンドの担い手の物質同定作業や生成・変性過程の理論的・実験的な理解は未熟である。本研究課題では、上記の研究背景を元に、(1)未同定赤外バンドの担い手のより現実的な物質同定と、(2)未同定赤外バンドのキャリアへの重水素濃集が赤外スペクトルに与える影響の調査を目的とする実験および観測に基づく研究を実施している。これまでに、実験室で窒素を含有する炭素質物質の合成と、紫外線、赤外線特性の調査を行い、観測される未同定赤外バンドとの比較研究を進めた。さらに、平成26年度には、実験室で合成した炭素質物質を、国際宇宙ステーションきぼう実験棟の簡易曝露実験装置ExHAMを利用した宇宙曝露実験に供するプロジェクト「炭素質ナノ粒子の宇宙風化と星間有機物進化の実証研究(略称:QCC)」に着手し、平成26年6月の研究テーマ候補選定後、11月のフライト実験準備以降審査を経て、各種試験および安全審査等を実施の上、3月の出荷前審査を終え、3月9日にJAXAへの実験供試体の納品を完了した(国際研究会「International Conference on Interstellar Dust, Molecules and Chemistry 2014」において口頭講演)。曝露実験は、平成27年4月に米国より国際宇宙ステーションに打ち上げられ、5月以降に1年間の宇宙環境への曝露後、再び船内回収され、地上に持ち帰り、各種物性分析を行う計画である。また、重水素を含む急冷炭素質物質の合成実験を進め、得られた実験生成物の赤外スペクトルについて、フランスおよびインドの理論研究グループとの共同研究に着手した
1: 当初の計画以上に進展している
当初の実験計画に倣って、特に窒素含有炭素質ダストの合成実験と評価測定において、未同定赤外バンドと類似する赤外線特性を示す合成物質についての分析を行い、当初の計画に対して順調な進捗を得た。重水素を含む急冷炭素質物質についても、再現実験を繰り返し、合成物質の堆積量を増やして精度良い赤外スペクトルの取得を可能にすると同時に、理論計算グループとの比較研究に着手し、順調な進捗を得ている。一方、本研究課題募集時点では、採択が決定していなかった国際宇宙ステーションきぼう実験棟簡易曝露装置ExHAMを利用した曝露実験計画が採択され、平成26年度内に各審査を全てクリアし、曝露実験準備を全て完了させたため(国際宇宙ステーションには4月下旬に到着)、本研究の進捗に当初の想定以上の進展が得られたと評価した。
窒素含有炭素質物質の赤外線特性の調査においては、合成に際して反応室内の構成元素の組成比が回収物質の赤外特性に強く関わるという結論を得たため、合成手法(材料物質の選定を含む)に更なる工夫を加え、実験を進展させ、得られる未同定赤外バンドに類似したスペクトルを有するプラズマ反応残留物の赤外分光特性が、試料として採用するPAHの種類にどのように影響を受けるか詳細に調査する。これらをあかり衛星またはすばる望遠鏡で観測される実際の未同定赤外バンドの振る舞いと比較する事で、UIRバンドの赤外線分光特性(バンド強度比、中心波長位置、バンド形状など)からその担い手自身の物理状態を診断する手法について、その信頼性を検証し、診断精度の向上を図る。さらに、国際宇宙ステーションきぼう実験棟簡易曝露装置を用いた曝露実験については、今年度は曝露期間に該当するため、曝露環境のうち個別の環境要因を模擬する地上対照実験(原子状酸素照射、電子線照射、高エネルギー線照射、紫外線照射等)の遂行と分析を継続する。重水素含有炭素質物質に対する実験では、フランスおよびインドの理論研究チームとの議論を進めるとともに、あかり衛星の取得した系内の様々な環境に置いて取得した近・中間赤外分光データを用いて、従来のCD伸縮モードを利用した宇宙空間の重水素化炭素質物質の探査に加えて、より広帯域な情報を用いた重水素炭素質物質の探査を行う。これらの行程を経て、より精度良く宇宙空間の多環式芳香族炭化水素及びそれに関連する物質に取り込まれ得る重水素量の見積もりを行う。これらの結果は論文に早急に成果報告を行う。
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