スピン軌道相互作用の強い白金等の非磁性金属薄膜に電流を印加すると、スピンホール効果により純スピン流が誘起され、表面近傍にスピン蓄積が生じる。このスピン蓄積はスピン拡散理論によって定量的に記述できると考えられているが、最表面以外はスピン蓄積の観測が困難であり、従って深さ方向のスピン分布は検証の余地を残している。本研究では、超低速ミュオンを用いてこの電流誘起スピン蓄積の完全な深さプロファイルを得ることを目指している。研究計画の2年目となる平成27年度は、目前に迫った超低速ミュオンビームの供給開始に備え、主に以下の2点について研究開発を進めた。
1. 模擬環境におけるパルス電流印加試験: 高真空チャンバー内に模擬実験環境を構築し、前年度に自作した回路を用いてパルス電流印加試験を行った。本試験により、超低速ミュオン測定時と同等の環境において白金薄膜試料(膜厚50 nm)に10 GA/m2以上の高電流密度をパルス状に印加できることを確認した。
2. 薄膜基板選定のためのバルクμSR実験: 薄膜成長用基板として標準的に用いられるSrTiO3等のチタン酸化物についてバルクμSR測定を行い、超低速ミュオン測定に際してバックグラウンドと成り得る基板からのμSR信号を評価した。前年度までの測定により、一連のチタン酸化物において浅いミュオニウムが形成されることは既に分かっていたが、その詳細な電子構造については明らかにされていなかった。今年度は磁場依存性を中心にさらに測定を進め、チタン酸化物中の浅いミュオニウムが極めて異方的な超微細結合テンソルを持つことを明らかにした。この強い異方性は、不対電子のスピン密度が主にチタン由来の軌道に分布していると仮定することにより定量的に説明できる。
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