公募研究
髄液は脳と脊髄を循環する体液で、血液とは蛋白質の組成が異なっている。我々は髄液に含まれる蛋白質と血清中の蛋白質の糖鎖修飾の様式の違いに着目している。特に髄液中の糖蛋白質の糖鎖構造と神経疾患との関わりを精力的に研究している。例えば神経疾患の一つである特発性正常圧水頭症(iNPH)はその簡便な診断法が確立されていなかったが、最近になり髄液中のトランスフェリンの糖鎖構造がiNPHの診断マーカーとなる可能性が報告された。申請者は平成24~25年度の公募研究から生まれた融合研究により、髄液中のトランスフェリンの部位特異的な糖鎖解析から、新奇な糖鎖構造であるN-GlcNAc型糖鎖を持つ画分が存在することを見出した。N-GlcNAc型糖鎖はマウスのシナプス後肥厚(Postsynaptic density, PSD)を対象にした最近のプロテオミクス解析でも見出されており、神経系に特有の糖鎖構造である可能性がある。しかしながら、N-GlcNAc型糖鎖の分布や、細胞外画分におけるN-GlcNAc型糖鎖の生成メカニズムは全くといっていいほど不明である。そこで本研究は、髄液内に含まれる糖蛋白質の広範な解析によって、N-GlcNAc型糖蛋白質群を同定することを第一の目的とする。さらに第二の目的として髄液におけるN-GlcNAc型糖鎖の生成メカニズムを生化学的手法および情報科学的手法により解析をし、その生理的意義を明らかにする。本年度は髄液を用いた網羅的な質量分析(MS/MS分析)によって新たにN-GlcNAc型糖蛋白質の同定に成功した。また髄液中に含まれる高マンノース型糖蛋白質を複数同定し、血清蛋白質との糖鎖代謝の違いを明らかにした。
2: おおむね順調に進展している
研究計画に基づいて、本年度は研究計画1である「髄液内に含まれるN-GlcNAc型糖鎖構造を持つ糖蛋白質群の探索・同定」を主に行った。髄液から糖蛋白質を抽出もしくは髄液そのものについて質量分析(MS/MS分析)を行い、これまで知られていなかった新しいN-GlcNAc型糖蛋白質を同定することに成功した。この蛋白質Xは血清中にも存在し、その糖鎖構造がこれまで知られてきたが申請者は髄液中にも蛋白質Xが含まれていること、さらに新奇なN-GlcNAc型糖鎖構造を持つことを明らかにした。また未成熟糖鎖と考えられている高マンノース型糖鎖を持つ糖蛋白質についても髄液から網羅的に解析し、複数種類の糖蛋白質が高マンノース型糖鎖構造を持つことを明らかにした。特に興味深いのは免疫系に関わる蛋白質Yがこの糖鎖構造を持つことで、これは血液と髄液とで反応経路が異なることを示唆している。現在、糖鎖構造と生理活性の研究を継続している。また研究計画2の「生化学的・情報科学的手法によるN-GlcNAc型糖鎖生成メカニズムの解明」についても既に研究を進めている。まずN-GlcNAc型糖鎖の生成が髄液中で行われるという作業仮説の元、髄液中に含まれる遊離糖鎖の解析を行った。その結果、血清中とは組成や量に大きな差があることが明らかになった。これまでこうした体液中の遊離糖鎖に関する研究はほとんどなされていない。従って本研究の成果は新規性の高い研究である。
本研究計画は、1)髄液内に含まれるN-GlcNAc型糖鎖構造を持つ糖蛋白質群の探索・同定、および2)生化学的・情報科学的手法によるN-GlcNAc型糖鎖生成メカニズムの解明、から構成される。当初の研究計画では、項目1については平成26年度に「N-GlcNAc型糖鎖構造の検出法の開発(レクチン法および化学修飾法)」を行い、続く平成27年度に「質量分析による糖蛋白質の同定」を行う予定であった。しかし既に質量分析による糖蛋白質の同定を進めており、新奇糖蛋白質も決定済みである。従って今後は更に研究を推し進めて、より多くの種類のN-GlcNAc型糖蛋白質の同定を目指す予定である。また研究項目2については、平成26年度に「N-GlcNAc型糖鎖修飾部位のコンセンサス情報の抽出」を行い、続く平成27年度に「髄液中に含まれる遊離糖鎖解析および標準基質を用いた髄液内エンドグリコシダーゼ活性の定量」を行う予定であった。しかし髄液中の遊離糖鎖を調べたところ血清とは全く異なる代謝系であることがわかった。特に全く未知の代謝産物を見つけている可能性もあり、体内の新しい糖鎖代謝経路を考える上で重要な知見であると我々は考えている。従って今後も引き続き詳細な遊離糖鎖の解析を進めたい。それと併行する形で、当初の研究計画に掲げたバイオインフォマティクスを用いたN-GlcNAc型糖鎖の生成メカニズムの解明を進めたい。また酵素活性の測定についても順次行う予定である。
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